福岡県で、生後5ヶ月の長男、妻、義母の3人を殺害した罪で死刑囚となった長男(当時22歳)の家族の葛藤と覚悟を描く。
両親は毎日死刑執行のニュースに怯え、次男は結婚が2度破談になるなど、家族は事件から15年、過酷な現実と向き合い続けている。
「兄が殺人鬼と呼ばれようとも、僕にとってはたった一人の兄なんです」と語る次男の姿や、両親の苦悩、そして「事件から逃げずに向き合うことが僕の償いです」という次男の言葉が、遺族の悲しみと家族の絆の深さを浮き彫りにしている。
引用元: https://news.yahoo.co.jp/articles/376a04d49fbe1e18d083005d7fda40582bfcd101
みんなの意見
私はこのご両親や弟さんに石をなげるようなことはしたくない。充分苦しんでおられると思う。
罪を背負うのは本人。
特に弟さんには、自分の人生を大事にして生きてほしい。
「兄が殺人鬼と呼ばれようとも、僕にとってはたった一人の兄なんです。事件から逃げるのではなくしっかりと向き合う。それが僕の償いのかたちだと思っています」
何もしていない弟さんが何を償わなければいけないのか。でも、こう思うことによって自分自身を必死で保とうとしているんだと感じた。
よほど義母に腹に据えかねたんでしょうが、義母だけでなく我が子も妻も殺してしまったことには子を持つ親として全く同情の余地はないです。どんな殺人事件にも被害者、加害者それぞれに家族があり、それぞれ大きな苦しみを味わっているんだと思います。
人を殺すという人として最大の禁忌を犯した以上は罰を受けるのが当然のことですが、この家族が受ける苦しみや悲しみについては本当に難しい問題だと思いますね。
赤ん坊にまで手をかけたというくらいだから、妻とその母親にはとてつもない憎悪があったのは容易に想像できるし、現に暴力を振るわれ追い詰められていたようです。
自らの手で決着をつければスッキリするでしょう。
でもそうならないよう逃げ道を作るか、その時に逃げておけば、誰も不幸にならなかった。
嫁の身内なんて所詮他人です。
殺人鬼になるくらいだったら逃げるべきでした。
ワタシも身内の配偶者に殺意を持ちましたが、金輪際会わない事で平静を保てています。
加害者は日常的に頭を叩かれ、罵られていたことから、一線を越えなくては自分が助からないであろう心理的な状態だったんだろう。ただ、だからといって、その一線を越えてはならない訳で、同情の余地はないのだが、言いたいことは、誰にでも同じ心理的な状態は起こり得るのではないかと。その時のために何かしらの逃げ場のような、心のよりどころ(宗教じゃなくても)を準備しておいた方がいいのかもしれない。
本来なら愛していたであろう妻や幼い子の命まで奪ってしまう程までに、追い詰められてしまったのかと思うと本当にやるせない気持ちになります。
ご家族も、孫が出来て喜びいっぱいだったはずの状況から一変して、こんな事になるだなんて夢にも思っていなかっただろうし、今もずっとお辛い気持ちで生きられているのだと思うと、人を殺めたり罪を犯すという事は、自分の大切な家族までもを苦しめる行為になるという事、ひとりひとりが心に刻んで生きていかなければいけないなと強く感じました。
加害者が起こした事件に何の関与もなくとも、巻き込まれてしまうのはお気の毒です。
しかし結婚となれば、実際に死刑囚と縁続きとなってしまう。
それについて危惧するのは仕方のないことでしょう。
結婚して子供ができた時、つける職業にも制限がかかるなど現実問題として降りかかってくることです。
さらにいうならば、被害者家族の受けるダメージは加害者家族以上に大変なものです。
被害者側であるにもかかわらず、悪意を向けられ攻撃を受けることはなんら珍しくない。
許し難いことです。
救済ならば、被害者および被害者家族が優先されるべきであると、どうしても思ってしまいます。
この事件について調べた事があります。加害者の方は弱い立場にあって、義母や妻に相当な事をされたり、言われたりしたんですよね。加害者の方に同情する位、義母に精神的に追い詰められていて、事件を起こしたのかと。ご家族の様子をみると、加害者の方も優しい方だったんだと思います。事件を起こす前に、家族に助けを求めれば良かったのにって思いってしまいます。
犯罪を犯したのは個人であり家族は関係ない、とはいかない厳しい現実。今だとネットで叩かれることもあり昔よりもより肩身が狭いと思う。
しかし、それはそれとして死刑が確定しているのに10年以上もなぜ執行していないのか?この事件に関しては冤罪の余地などなく、家族などが訴えた酌量も受け入れられず刑が確定したのだからやらない理由など一切ないはず。
むしろ、下手に生きていることで余計に家族が不安にさせている気がするので早く執行して気持ちに区切りをつけてあげたほうがいいとも思うのだけど。
私は坂元さん脚本の「それでも、生きていく」というドラマに深く影響を受けた
加害者家族と被害者家族の苦悩と交流を描く作品だが、最後まで報われる事がなく見ていて、ただただ辛い作品
でも、それが現実だと思う
日本社会は犯罪者だけでなく犯罪者家族にも非常に厳しい
私は被害者や被害者家族・関係者以外の方々は罪を憎んで人を憎まずだと思う
少なくとも私はそうやって生きていきたいと思う
死刑制度のある社会で生きてるんだから罪を犯して、判決が出たら仕方がない面はあるとは思いますが、人を殺すことを止められない状態から、怒りや苦しみから助けてと、誰にも助けを求められない人もいて、法律が現実的に成り立ってないように思うので、もっと今以上に、たくさんの議論をし続けるべきだと思います。一人一人が、しっかり自分ごととして考えるべきことだと思います。法律で人を守っているのに、法律が国民の死を決めて裁くことは、永遠に問い続けないといけないことだと思います。
あと、健康診断で精神チェックもしてほしいです。先に助けられる、抑止ができる方法がきっとあると思います。国には国民の精神症状などあやふやにしないでほしい。精神疾患は心や脳ではなくて、身体の不調が心や脳の疾患になってるとも思いますので、恥ずかしいことではないです。知っておくべきことで、確認すべき。アメリカではカウンセリングなど普通と聞いた。
追い込まれたとき殺人以外の手段の知恵を共有できる社会であってほしいものである。人は弱い。視野も狭くなり一つの解決策しか見えないときもあるだろう。一人の責任ではなく周囲及び国全体の課題である。
結婚破断は気にしない女性もいるのでそういった人と一緒になるといいでしょう。どこまでいっても限られた環境の中で生きていくしかない。
理不尽な環境はやさしい人へと成長させる側面もあるかと。
良い悪いの前に弱者へ寄り添う社会を目指すことが成熟した社会の義務であると考える。
この事件、被害者の親族からも減刑の嘆願があったくらい、義母と妻が酷かったんだよね。何の罪もない子供を手に掛けるのは良くないが、あの状況じゃまともな精神ではなかったと思うし、死刑は少し厳しいなと感じたことを思い出した。
罪は償わなければなりません。
その人物だけが罪を償うべきだと私は思います。
従って、ご両親も弟さんも胸を張って、生きていくべきですよ。
現にこうして、映画などで自分の気持ちを伝えることもできる。
そんな機会を与えられたはずです。
その一方で、話を聞いて考える私たち、
これもまた私たちにも感じ方、考えることがあると思います。
例えば、ひとつの例えとして、
弟さんの縁談の、破断の話が記載されていますが、
これも、先方さんを非難することはできないと私は思います。
この事件覚えています。
確か加害者側をつい庇ってしまいそうな理不尽な理由もあったような記憶があります。
突然息子が加害者となり死刑宣告されてしまったら⋯想像もしたくないですがそれでも親は自分の子どもを案じてしまう。
弟さんは結婚が破談になっても兄を恨もうとせず、その気持ちがこれからの支えになるのかなと感じます。
3人もの命を奪った罪は大きいです。加害者は死刑も当然かと思いますが、その背景やその後を知るにつけ様々な感情が生まれ、苦しんでいる家族もある意味被害者。同情の気持ちしかありません。
難しいよね。大人だから親の責任とも言えないし、かと言って全く関係ないですとまでは言えないしね。
自分が犯した罪で被害者は当然のことたくさんの人を傷つけたり悲しませたりしてしまったこと、しっかりと罪と向き合い反省して来世はまともな人間に戻ってくれることを願っています。
長男が事件を起こす前に、実親が大変な状況から助けてあげることができれば良かったのでしょうね。
殺人という行為に動いてしまったのは、相当病んでいたのだと思われます。だから、精神鑑定する事に意味はないといつも思ってます。
ご両親は周りから信用されているから守ってもらえるのだと思います。
私の知人は一審死刑で高裁で無期になりました。一審の判決は傍聴しました。
事件は昭和48年の強盗殺人事件です。共犯者は確か20年だったと思う。
知人は少年19歳の時に強盗の前科があったために死刑を求刑されました。
今だまだ服役中です。親族も引受人にならないために仮釈はまず無理だと思う。事件は24歳前後の時で生きていれば76歳です。
それでも生きてゆくを思い出す
あれは少年犯罪が題材だったけど被害者家族と加害者家族の苦悩を描いた名作ドラマ
死刑囚の家族の方たちまさにそれでも生きてゆくという気持ちで暮らされているんだと思う
全くの赤の他人で不躾でしかないけどこの家族が心穏やかに暮らせる日が再び訪れる事を願うばかりです
事件の背景を裁判所はもっと重きを置いて考察する必要があると思います。裁判所って昔の症例を参考に量刑を決めると聞きますが、より差別意識が強い古い日本の過去の症例って参考にするのは変だと思います。
日本は人権についてあやふやな所があります。戦後だって国が女性を米軍に差し出したり、日本は人権感覚がめちゃくちゃです。裁判官が判断する自信が無いからと言って過去の古い資料は捨てて新しい感覚で判断して欲しいです。
家族が死刑囚という事実は極端ですが、結婚が破断になる理由は他にいくらでもあるのが現実です。
親の職業や学歴は多いでしょうし、死刑に限らず犯罪の内容によっては破断に及ぶこともあるでしょう。
これは自分ではどうにもならないです。
いつか理解あるお相手が現れるかもしれません。
それを望みに強く生きて欲しいです。
育ての両親が悔やむのはともかく弟さんが何を償う必要があるのでしょうか?
事件が事件なだけに思い詰める事はあるでしょうが弟さんは血が繋がっているだけで事件とは何の関係もありません。自分を責める必要など無いのです。兄の所為で人生がメチャクチャになったのは同情しますが貴方は貴方の人生を全うするしかない、たとえ辛い日々だとしても。きっと助けになってくれる人はいます、強く生きてください。
死刑を言い渡されて再審の可能性もないのに何年も執行されない死刑囚が多くいることについてどうにかならないかと思うが、この方については死刑が妥当ではないかもしれないから執行されないのだろうか。
過去の事例を基準にして被害者の人数で死刑や無期、有期刑と決められるが、これが死刑でないのかという理不尽に思うこともあるし、この方のように死刑が妥当なのか疑問な場合もあるのだな。
裁判員制度も結局控訴や上告でひっくり返されると無駄な制度のように思う。
いろいろとモヤモヤとする。法律家じゃないからわからない。
ご両親や弟さんには落ち度が無いのに償いをするという思いを抱かせる世間体。人間の尊厳と個としての人格の区別。罪を憎んで人を憎まずをこの家族には周りの人たちは持ってあげて欲しい。自分自身も家族が事故で他人を殺めてしまう事だってあるのだから、当事者目線で見守りたい。
加害者家族のその後の人生ってかなり過酷なものになってしまうのは仕方ないというか避けられないね。この手の話はYouTube街道チャンネルでもいっぱい上がってるけど「まぁ相手からすればそうなるよな」って思ってしまう。
秋葉原事件の死刑囚の弟は自殺したっけ…弟は何も悪くないのにな。自殺に追い込まれてしまうくらい過酷だったってこと。
加害者家族を守る、何か法律を作らないとダメかも知れない。具体的にどうすれば、というのは今ちょっと思いつかないけど。
この事件に関しては追い詰められた上での犯行、という同情の余地ありで犯人の気持ちを理解できる部分があるから成立する記事だと思う。無差別や強盗などまったく理解できない寄り添えないものでは成立しない。どんなに反省しても世間の反発は大きいでしょうね。同じ「加害者家族」の枠であっても犯罪の種類によっては全然違う未来が展開される。仕方ないのかな。何の責任もない家族には同情するけど。
ただ今回の記事でちょっとな、と思ったのは死刑執行を家族が怯えてるって話。どんな事情があろうとも、明日も当然生きてるはずだった人の命を三つも奪ったわけだから死刑執行に関しては黙ってた方がいいなと私個人的には思った。悲しむことは悪いことじゃないと思うけどね。
弟さんにとってはお兄さん。
親から見れば息子。
それは今後も変わらない。
3人殺害してもお兄さんの身内が被害者だったから周囲から非難の度合いも少なかったのでは。
これが第三者を3人殺害事件ともなれば、一家離散もあり得たかもですが。
弟さん破談が2回とありますが、そればかりは相手を責められないと思います。
かといって隠すのもとは思いますが。
東野圭吾さんの小説『手紙』は死刑囚の弟の視点で物語が進行します。
小説でと兄が死刑囚ということで結婚出来なかったし、就職も厳しい描写がありました。
最初に読んだときは辛すぎて何とも言えない気持ちになりました。
差別は至る所にあります。
何気ない生活を大切にしましょう。
「加害者家族の責任は、全く無いかと問われれば”ある”だろうし、全て家族の責任かと問われれば”全てではない”。」
最近の研究では、人間の人格なども、遺伝で決まっている部分が大きいことが分かっているため、加害者の人格についても、遺伝の要素が大きく影響していると考えられる。
また、人間の人格形成において、家族の影響が大きいことも分かっており、加害者家族によって加害者の人格が形成に影響を与えたと考えられる。
一方で、全てを加害者家族の責任にするのも極端であり、加害者本人が犯罪行為を選択したということも事実である。
そして、被害者や世論の感情も無視してはならない。
例えば、加害者家族が華やかに生活を営んでいた場合、被害者や世論は納得するだろうか。
被害者は大黒柱を失い貧困に窮していた場合、加害者家族が華やかな生活を見て、納得するだろうか。
加害者家族の責任は、本当に難しい問題である。
私はあまり家族関係を気にしない方ではあるけど、義理の母親と妻からの酷い扱いがあったとしても、子供を守らず殺してしまっている点で同情はできない
ストレスがかかっていたとか錯乱していたとか、色々あるだろうとは思うけれど
そしてそれを加害者家族が擁護してる点で、この家族とは合わないだろうと思う
この事件の場合、子供は手にかけず、だったら、私は加害者の家族と言われても気にしていないと思う
この記事を読む限り死刑囚と義母との間に確執があった。妻との間は記事からは、分からないが、同様に良い関係ではなく?殺人に至ったのか?としても自分の子供は殺せないよね。通常の精神状態ではなかったとしても・・・・・。無理心中のような状態だったのか。なら、自分だけ生き残ってどうしようと思ったのか。自分なら自分の親、兄弟の事を考えればとても生きてられずその場で死を選んだかな。人ぞれぞれだから難しいよね。
弟さんには罪はない。
だが、これが結婚となると親族繋がりや近所付き合い、その後継がれる
子供の環境…。
今はネットで幾らでも過去の情報やニュースを入手できる。
それも全年齢がです。
破談となった相手の親御さんや親族は、そういった未来予想図の上での
判断だったのでしょう。私も両親のルーツを探られるとどちらもロクな
もんじゃなく、私自身結婚はしても子供は作らないと固く決意していました。
この血縁は私で終わらせようと…。
この弟さんの気持ちや感情は全部理解はできませんが、身内でトラブルが
起こると不本意な扱いを受ける場面がある事は私も経験しています。
どうか理解者と巡り逢えますように…。
いかに虐待されようと近しい3人もの命を奪ったことは赦しがたい犯罪。3人の被害者の遺族に対して加害者の家族が負う責任はどうなの。被害者の無念の思いに加害者家族としてどのように謝罪するの、犯人を育ててきた親として被害者には自分たちの命をもって詫びるべきだったと思います。
亡くなった命は永遠に戻らないのだから。
我が子を含め3人も殺めてしまった。
非道ということで温情もなく死刑と判断された。
養母からどんな言葉が投げられての凶行だったのか,後から聞くと意外とそんなことで激高する?とこともある。
例えば、少し育児を手伝ったら?私も娘も大変なのよと何気ない言葉も、毎日聞くとある日コップの中の水が一滴の水で溢れてしまうような状態になってしまったのではないかと思えた。
被害者も、まさか殺されてしまうほど罵ったとは考えなかったのかも知れない。
言葉は、人に安らぎも与えるし、刃にもなる。
ご家族の方は大変な被害を被った訳だが
地元の方々が支えてくれたんだ
有難かったでしょう
親御さんは育て方を後悔し
弟さんは結婚も出来ない
残念だが他人にすれば仕方ない
殺人犯で死刑囚の身内にはなれないだろう
でも家族だけは見捨てないんですね
正直記事を読むと複雑な思いがする
殺された側の思いもあるし
家族を理解出来るような出来ないような
色々な意味でとても残念です
私は仕事でもプライベートでも
自分のウィークポイントを
まず言います。それが誠意であるかと。
家族の境遇には
確かに大変さは当事者にしか
わからないかもしれません。
ただお相手の女性も
恋愛に月日を費やしたわけで
どちらが被害者でも加害者でもないかと。
私は逆に2度も結婚に至るまで
家族構成をお相手に話さないのは
よくないと思ってしまいました。
非常に難しい。家族が沈黙を破らなければ「犯罪は家族が犯したのではない、本人が償えばいい」とコメントできたのだが、我が娘と孫、妻を惨殺されたお嫁さん側のお父さんなどのご遺族の立場になれば、刑の軽減嘆願書を出すことがサイコパス的行為にしか思えず、憎くて堪らないだろうと思います。
「堂々と顔を出す」いったいこの記事はなんなんだ。
堂々と顔を出して刑の軽減を求める姿を見せつけられるご遺族側や無念にも殺害された被害者のことをまるで存在しないかのように無視していることに驚愕と強烈な違和感を感じずにはいられません。
義母がモンスターだったのは同情に値するけど、殺人を犯してしまったら負け
そこまで追い詰められてたってことだとは思うけど、逃げたりまともそうなご両親他に相談できなかったものか
気の毒で後味の悪い事件ですね
人に害を与えたり搾取したりして不幸にするモンスターのような人間は一定数存在する
そういう人間とは全力で距離を置くしかない
この家族に限らず死刑囚の身内というだけで周囲からは後ろ指差されるのはどうかと思うし和歌山カレー事件の長女やアキバ無差別事件の弟はこれが苦で自ら命を経っている。
死刑囚本人には間接的に身内の首を絞めているという事を分かって欲しい。
言葉で人を殺すことが出来るのだと知った。ずっと罵られてきたお兄さんは睡眠時間もまともに取れなくなって、ずっと解放されたいと思っていた。 義母を殺した後、嫁と子供が悲しむと思って一緒に殺して自殺を図ろうとしたが死にきれなかった。 ここまで来るともう正常な理性を持っていたとは思えない。 それを3人殺したから死刑だと…精神鑑定で正常な判断が出来ていたと…
犯罪を犯すということはそういう覚悟をして悪事を働くということ
そうでないと犯罪抑止にならない
自分が一時の感情や欲望で犯罪をすることで自分の大切な人が苦しみ、悲しみ、迷惑を受け、人生が狂うという罰
それがなく、加害者の家族は加害者と関係なく守られるべき、などとなると犯罪は増える一方だろう
実家のご両親と2人の弟さんのためにも、思いとどまってほしかった。誰も木の又から生まれたわけじゃない。カッとなることは、周りの人の人生をも変えてしまうこと。
しかしそう思うと、いわゆる無敵の人、家族も友達もいない人は、何の躊躇もなく犯行を行い、抑止力となるものがない。これはとても怖いこと。
嫁の母親からDVやモラハラを受けていたのが本当なら、死刑は罪が重いように思います。
反省と後悔が明白なら無期懲役でもよかったように思いますが、詳細を知らないので何とも言えません。
被害者の家族はもちろん、加害者にも家族がいて、特に加害者の兄弟は歳が近く共に人生を狂わせられるでしょう。
もしそうなったら、それはもう仕方がないです、受け入れるしか。
結婚して子どもを作って、嫁や子どもに同じ苦しみを味わせたいですかね。
隠れて生きる事さえ、出来ない現実があったと思う…
顔や名前を出してのインタビューは、
余程の覚悟を感じる
3人共に固く一文字に閉じた口元が、
これまでの苦労と今も続く辛さを伝えていると思った
なぜ義母は、そんなにひどく当たっていたのでしょうか…
なぜ5ヶ月の幼子まで手にかけたのか
色々な事がすべて納得出来るものではないのも現実です
人は本気でキレた時、歯止めが付かないものなのかもしれないと思った。
TBSなどマスメディアや司法が加害者側については同情的な姿勢を示しているが、本当に救済が必要なのは被害者側であるのにおざなりにされている印象が強い。
そうではないと言うのであれば、同じ事件で加害者側にも被害者側にも密着取材すべきだった。
私はこれを見て加害者家族に対しては同情するかもしれないが、それは被害者側の情報が少ないからだとも言える。
ここのコメントに多い綺麗事は、この人と直接会う事は無い完全な部外者だから言える。
これは物事は何でもそう。
ある問題を抱える対象と自分の間が全く関わり合いが無いという確約がある時、人は見事に偽善で綺麗な事ばかり言える。
だがもしこの人と貴方が日常的に接する間柄になったらどうよ?
まして結婚?
この人と家族になるとしたら?
そこまで考えて、「私は決して差別しない!」と言い切ろう。
実際そういう強い意志を持った人は居る。
本当に偉くとても尊敬する。
ご家族は関係ないとは思いますが、本文の殺人に至る経緯で、義母からの叱責が原因かのように書いてありましたが、それならば、殺めるのは1人…幼い子まで殺める理由にはなりませんよね。いくら涙を流そうともです。
ご家族を擁護しても、死刑になる理由がある人までも擁護するのは違うと思います。
あくまでこの記事は加害者家族視点で作られた記事だと思うが被害者目線ではこの内容とは多いに違ってくると思う!
自分は1個人意見としてはやっぱり死刑執行が確定した死刑囚は速やかに執行されるべきだと思う。冤罪の疑いがなければ!じゃないと今の日本は死刑囚の病死が明らかに多すぎる。罪が確定されてるのに執行されず寿命を真っ当しるのは間違いだと思う
申し訳ないが、嘆願書があっても死刑に変わらなかったと言うのは、止むに止まれぬというほどの要素ではなく、不必要な殺人をした、もしくは積極的に命を奪ったという印象を覆せなかったのではないかという印象がある。
それはともかく、こういう記事で不満なのは、一方的な取材であることだ。なぜ殺害に至ったのか被害者側にはどんな落ち度があったのか、裁判で被告はどのような様子だったのか警察での供述は?などがないと、総合的に判断はできない。書き手が、加害者家族も大変だねだけで終わらせたくて記事を書いてるのならばそれも理解できるが。
私が昔、知っていた人にも、死刑囚ではないけど、家族が懲役刑をくらい、お父さんは勤め先を辞め、兄弟は未だに結婚できないでいるのがいます。もう、だいぶ昔のことだから、ほとんどの人が忘れてるだろうけど、あの人たちは今どうしてるだろうかと思うこともあります。

