沖縄県名護市辺野古沖での平和学習中、船2隻が転覆し生徒と船長が死亡した事故について、同志社国際高校は17日、記者会見で船について「基地反対を唱えている方々が普段乗っている船」と生徒の保護者に説明していたことを明らかにした。生徒はコース選択で参加しており、保護者の同意は取っていなかった。校長は謝罪した。
引用元: https://news.yahoo.co.jp/articles/3ac11f65ba26a8e1a05b96ea0fe1f593bb0b716f
みんなの意見
学校側が「政治活動団体の所有する船舶」だと認識していることがはっきりしました。つまり学校側は、学生が参加する大事なイベントを、特定の政治的意見に対する支援活動にすり替えたわけです。
失われた命は痛ましいですが、事故はどこかで起きてしまうものです。今回の問題の本質は、学生に特定の政治意見をすり込んだことと、学生の家族のお金を、無断で特定政治団体の支援に活用したことにあります。
これ、抗議船に乗るにはお金が入ったのだろうか?船の場合は、クルマで言うところの「2種」免許みたいな旅客営業をするための許認可制度はないのだろうか?抗議船が抗議のための費用を稼ぐためにやっていたのなら、それに対する責任がしっかり問われるべき。
あと、選択したのは生徒とはいえ、それを止めたり、その選択肢を与えたりした学校側の責任は免れない。
抗議船ではなく「基地反対を唱える人が乗る船」どっちも同じ様な船だ
金銭の授受は発生しているのか?
乗船定員、ライフジャケットは守られていた様だが、仮に、金を払っていたら、許可とかいるのでは?
資金源になっていた可能性も?
管轄は、知事の権限が及ばない海保と思う、徹底した捜査を期待したい。
平和学習は大切ですが、教育と政治活動は一線を画すべきです。保護者に「抗議船」であることを伏せて参加させていた点に、学校側の隠蔽体質を感じます。
もし自分の子供が、学校から詳しい説明もないまま政治色の強い現場に連れて行かれ、事故に遭ったとしたら、到底納得できません。学校は「生徒が選んだ」と主張する前に、教育の中立性と安全確保という大前提に立ち返るべきです。今回の悲劇は、その「一線」を越えてしまった結果といえます。
事故に遭った船は客船では無く又人身傷害保険にも加入されて無い様です。受入側は辺野古反対活動船にボランティア乗船させたと一方で学校側は辺野古の綺麗な風景を見せる為に乗船させたと双方食い違っている。学校側から船長にボランティア活動に5千円をお礼として渡している。乗船には先生たちが引率していなかった。学校側の杜撰な管理体制下で実行され事故に遭った。3年前から実施している事は記憶も有るだろ、誰がどんな目的で計画し実行されたのか詳しく調査する必要があると思います。亡くなられた学生さんお気の毒です謹んで御冥福をお祈りします。
以前から同志社が左側とは聞いてましたが、学校法人上層部まで含めて左翼団体とガッツリ組してるというのは衝撃ですね。
今でも「同志社大学」は一定のネームバリューとともに左向き傾向の学生が多いというのは民間企業・役所採用担当の共通認識だと思いますが、ここまでくると当該高校→同志社大学の学生は相当極まった左向きという認識が醸成されるのでは?
系列学校の学生の就職に多大な影響が出そうですね。
20年ほど前の卒業生ですが、「生徒自身が選んでそのコースにしている」というのは疑問が残ります。私の時代も沖縄への研修旅行があり、私はマングローブなどを探索するコースを希望していましたが、ジャンケンで負けて平和学習のコースになりました(船には乗らなかったですが)。「生徒自身が希望していた」という答弁は責任転嫁のように感じます。母校には誠実な対応をお願いしたいです。
この事故は、若い命が失われた痛ましい出来事であり、まず何よりも原因の徹底的な究明と再発防止が求められる。同時に、今回の事案は単なる海難事故としてだけではなく、社会運動と教育活動の関係のあり方についても改めて見直す必要がある。
生徒や保護者には「抗議船」という表現を用いず、「基地反対を唱える方々が普段乗っている船」と説明されていたという。こうした説明のあり方が適切であったのか、教育機関としての判断や情報提供の透明性については、丁寧な検証が必要だ。
さらに言えば、基地反対運動を展開する団体については、その活動主体、船舶の運用体制、関係者の役割、そして活動を支える資金の流れなどを含め、より透明性の高い形で社会に示されることが望ましいのではないか。社会的影響力を持つ運動であればあるほど、誰がどのように関わり、どのような資金によって支えられているのかが可視化されていることは、当たり前のことだ。
結局、平和教育とか言ってる学校の大部分は、平和と戦争について事実に基づいて合理的に教えるのではなく、片寄った思想に基づいて感情的に扇動する教育をしている。
自分の周りにも、「中学・高校時代に平和教育を学校で受けていたが、大人になって、いかに片寄ったことを教えられてたかと気づいた。一部の教師に洗脳教育されていたようなものなので腹立たしい。」といった意味のことを言う人が結構いる。
ときどき、abimaなどで、ワケの分からないことを言う左派思想の人が出演しているが、こういう片寄った平和教育を受けてきた人だと思う。
こんな不本意な形で大切な我が子を失った親御さんの心中は察するに余りある。
平和学習とは戦争の惨禍を二度と繰り返さないよう戦争の悲惨さを学ぶことであるが、辺野古の問題は東アジアの安全保障と基地の安全運用の問題であって平和とは関係ない。
左派の抗議船に乗るという政治的なイベントが学習プログラムの一環に組み込まれていること自体理解に苦しむ。
船の安全性の問題もそうだが、そうした政治的思想の強いイベントであればなおさら保護者の同意は必須だろう。
学校ぐるみの左派育成教育と非難されても仕方ないのではないだろうか。
今回の乗船が法的に「事業」として成立していたのか、あるいはカンパで乗せてもらう等の「厚意による乗船」なのかで話が変わるのでしょうね 事業であれば、通常の船舶免許に特定操縦免許と「旅客船事業」の届出・許可、または「遊漁船業」の登録が必要だと思います しかしカンパ等による「厚意による乗船」乗船であれば船舶側に事業性がないが、その時は学校側の計画自体に妥当性の有無が問われるのでしょう 学校の行事で事業者でない船舶に乗ること自体が妥当ではないと思われます
学校側が事前に保護者に詳細説明もせず、こんな問題のある平和学習をしているとは信じられない。ところで、キリスト教団体は辺野古基地建設に強硬に反対しているらしいが、同志社がキリスト教系の学校であることと関係あるのか。こんなことになった以上、学校側はこの辺りの経緯を詳しく説明すべきだ。尊い命が亡くなり本当に残念だ。ご冥福をお祈りします。
学校側の説明からすると、この洋上見学は学校側と船長であった牧師との関係から始まったことだと理解出来る。
だとすると船長側の責任はもちろんだが、学校側にも使用する船とその定員数、予定するコースと時間、実施にあたっての風や波などの気象条件をきちんと確認するなり基準を設けるべきではなかったか。
正規の観光事業者であるならまだしも、そうではない無届けの一般人にお願いして、任せたから全て丸投げであとは知りませんでは済まないのではないか。
学校側の対応がそもそも杜撰だったものであり、学校側にも一定の責任があるように思われる。
自分が親なら学校、団体、旅行業者にそれぞれ数億円規模の損害賠償の裁判行うわな。
どういった経緯で誰が始めて、安全性の担保はどうされていたか説明責任が関わった全ての人にあると思う。
安全配慮が厳しい現在でありえない事ばかりが判明してきて唖然とする事故だわ。
学校側は抗議団体の事をどうして隠していたのだろう?
大事な教育の一環というのであれば胸を張って伝えていれば良かったはず
しかし、保護者が子供がそんな船に乗ることを知ったら、拒否する方も多かっだろう
やはり後ろめたさがあったのだろうか?
団体側の会見では乗船はボランティアだったと言う
そうなると何かあった場合の責任や補償等は難しいだろう
学校側はそこまで考えた上での計画・行動だったのだろうか?
どう考えてもあまりにも杜撰な取り組みに思う
この事故の一報を見た時、尖閣に抗議する活動家の船だと思ってたけど亡くなったのが京都同志社高校の女子生徒っていうのを聞いて頭に?が付いたけどこういう事だったんだ。
この高校側の責任は重大。
しかもあまりにも杜撰で高校生という今からの時代を担う大事な若者に活動家みたいなことをしている船に平和教育の一環として乗せるなんて言語道断。
しかも当時の海は強い低気圧が過ぎ去った影響で波はまだかなり荒かったと思う。
乗ってた高校生たちはさぞ怖かっただろうと思うと胸が締め付けられる。
船長に船舶操舵の資格はあったのだろうけど、船の管理、運航については全くの素人で勘と経験を頼りにしていたのではないか。その様な団体も問題だが、それを野放しにしていた自治体も当然学校も責任重大だ。
この学校の生徒は平和の為の見学でなく基地移転の反対運動に利用された感が拭えない。引率の教員が乗船しなかった事も疑問符が付く。この様なボランテアの船に乗船すれば今後発生することが考えられる賠償問題に大きな影響が考えられ学校として最大の誠意ある対応が望まれる。
基地の反対を唱えている人=活動家
なので、普通はそれを伝えたならば「そういう方々か」と連想できるかと思います。きちんと保護者に伝わっているのか疑問に思います。抗議船である旨を伝達することと特段変わりないように思いました。
同意を得ることも必要かもしれませんが、それ以上に安全管理がとられておらず、何の説明にもなってません。
同志社の責任は二十三重に重い。なぜそのように曖昧な伝え方をしたのか。そもそも校外学習にどういう経緯でこのコースを組み入れたのか。校長とともにこのコースをアレンジした人間が包み隠さず説明し、ご家族らに誠心誠意謝罪する必要があろう。極めて危険な状況に生徒を置いた教員たちとそれを許容もしくは推した校長、教頭、そして同志社の行為は信じ難いものがある。
「基地反対を唱えている方々が普段乗っている船」
なんとも微妙な表現だ。
「抗議船」とも解釈できなくはないが、明確に示されている訳ではなく、抗議船と直ぐにイメージできる人は少なかったのではないか。
「抗議船」と予めハッキリと伝えていたら、乗らない選択をした生徒がいた可能性もあり得るのではないか。
となれば、学校側にも一定程度の過失があったと言える気がする。
何かの動画で見たけど(場所は忘れました)、米軍基地を見渡せる大きな公園があって、近くに戦跡など見学できる場所があるそうです。天候や波、船の状態に左右されず、落ち着ける場所で平和学習するべきだと思います。
保険はかけていたのでしょうか?
被害者や被害者家族に十分な補償はされるのでしょうか?
被害者や被害者家族が、泣き寝入りをするようなことは、ないでしょうか?
同志社側は「被害者や被害者家族が、泣き寝入りするようなことは絶対にさせない。同志社の設立者新島 襄の名にかけて、十分な補償をする」くらいの発表をして欲しいと思います。
ライブ配信を見ています。
11時から会見で約3時間に及ぶ会見です。
会見を聞いていて、辺野古基地についての学習に疑問が残ります。
平和学習のための研修旅行です。
辺野古の基地については、どうして普天間から辺野古になったのかなどの経緯をしっかり事前学習しておくしておくことが大事です。
基地問題は賛成派・反対派があります。
しっかり事前学習をし、現地を見てそれぞれの生徒が自分の考えをもつのであればよいかと思いますが、そこまで十分練られた計画ではないように感じました。
抗議活動ではないと学校は話していましたが、抗議船に乗っています。
ニュースで船を見ると、小型のボートでした。
安全面を最優先し船会社をしっかり選定する必要があったでしょう。
安易な抗議船の利用だったと思いました。
引率教師は2人いましたが、船に乗っていません。
危機管理ができていません。
教員経験者が多い市民活動家は安全の担保より主義主張を伝える術として今回の辺野古基地移設反対派に安全を丸投げした挙げ句高校生が亡くなった!同志社国際高校はキリスト系の学校だが亡くなった金井さんは牧師が本業で学校側とは宗教を通じて繋がり毎年基地反対派に辺野古移設問題をレクチャーされていたと聞くが修学旅行でやる必要が有るのか再考して欲しい。
教育現場に長くいたものとしては考えられない。特定政治団体という発想もそうだし、安全性についても。義務教育ではないし私立の高校だからなのか。下見必須、付添教師の乗船なども当たり前ではないのか。修学旅行とは、何よりも帰宅するまでの健康と安全に予定段階から万全を期すものだと思うのだが。
許可を取っていない、定員オーバー、当日に注意報が出ていたことなど問題を挙げればきりがありませんが一番の問題は政治活動に判断をつかない子供を参加させたことにあります。それは左右どちらでも関係ありません。政治活動は自由です、しかし子供を参加させるのは100%間違っています。なぜならその結果の責任を自分で取れないからです。はっきりいうと今後このようなことがないように法で規制すべきです。
教育者であれば、関わる団体がどのような立場や活動をしているか把握しているのは当然ではないでしょうか。それにもかかわらず「抗議船」と説明せず、保護者の同意も取らずに未成年を参加させたことは極めて無責任です。平和学習という名目であっても、特定の思想や運動に近い現場へ生徒を関与させるのであれば、中立的な教育とは言えません。私自身、学校教育の中で国旗や国歌に触れる機会がほとんどなく、戦争反対など一方向の価値観が強調される場面を経験してきました。そのため今回の件にも強い違和感を覚えます。本来、教育とは多様な視点を示し、自ら考える力を育てるものであるべきです。その前提を欠いた今回の対応は、重大な問題だと思います。
何故この企画をして実行に至ったのか詳細を報告する必要があると思う。
基地反対する側、賛成する側を共に学ばさなければ教育ではない。
そして二度と同じようなことを起こさせないことが大事だ。
本当の平和学習、平和に対する教育は大切だと思います。しかし、現在行われている平和学習というものはおおむね特定の団体や国の主義主張を通そうとする偏った反日教育が多いと思います。私も沖縄で何度か平和ガイドの説明を聞いたことがありますがずいぶん偏った説明が多いと思いました。未成年者に偏った思想を押し付けるのはいかがなものでしょうか。自衛隊の音楽隊との演奏すら反対して高校生の参加に抗議する方々はなぜこちらには反対しないのでしょうか。
記者会見を見たが、学校側が「生徒や保護者が抗議船であることを認識していると思う」と責任逃れとも取れる発言をしていた。
仮に認識していたら波浪注意報出てる危険な海に出ることも認められるのか?自分の命を賭してまで素人集団の船に乗って平和学習とやらに参加したかったと言えるのか?
学校と団体の両方の過失は重大で生徒達には全く罪は無いと私は思う。
当事者である学校さえも乗船させた船を曖昧にさせる態度は都合の悪いことは言葉を変えて隠ぺいさせるような行為、学校はこれまでの事実も含め、明らかにするべきではないか、平和教育を問題を呈してきた偏向している団体に預けてきた姿勢は許されるものではないし、高校生では先生に従わざるをえない立場に立たされているのに希望で乗船発言は許されるものではないと思う。
基地反対派と政府側が衝突している現実を知りながら、「基地反対を唱えている方々が普段乗っている船」になんで平和を求める生徒を乗せたのか?これでは一方の当事者側に立たせたのと同じこと。事故のことは論外だけど、そもそも論のところで間違っている。生徒には両者の意見を聞かせて判断する能力を養わせるべき。
平和学習ということなら、参加したら+何点!という評価体制になっていたハズで。そうやって生徒を動員していたわけだから学校側の「知らなかった。現地で何が行われているなんて知りようがない!(学校教育に組み込まれているのに、それはそれで無責任すぎるが)」という言い分は使えないだろう。学校の何処かに平和学習は辺野古で抗議、を強く推進していた教員が必ずいる。引責させることなしに事態は収めるべきではない。
学校教育上、政府の政策に反対する団体の船を使用することは極めて重要な問題だと思います。もし学校側が事前に承知していたならば早急に説明する責任があると思われます。学生に対して辺野古基地反対に誘導することも考えられる事象だと思います。
引率者の責任は重大ですね。少し前に雪山で起きた事故の裁判で引率教師らの有罪が決まりましたから学校も無傷ではないでしょう。危険を十分回避できたのに、わざわざ危険な場所に誘導してしまった学校はとても信じられない
企画した学校側の認識としては、政治的抗議活動への参加ではないのかもしれませんね。
市民運動体験という、意識高い系レジャーの一環みたいなものなのでしょうか。
いずれにしても、平和学習というものではないような気がします。この行事には、学校の責任感や使命感というものが感じられません。
修学旅行や社員旅行で船を使うのは極力避けるのが旅行会社の常識です。
船舶を使う場合は中型以上で救命ゴムボードやライフジャケット有りの商業船舶です、個人の小型ボードなど論外です。 左派の学校教員が多くても抗議船に乗せるのは常識外です。
さぞかし親や親族の皆さんは憤慨なさっていると思います、亡くなったお二人の御冥福をお祈りいたします。
犠牲となった方のご冥福をお祈りします。
学校と活動家団体の責任は極めて重いと感じます。記事が事実なら学校は保護者に実態を隠蔽していた事になり、悪質ですね。
何故隠蔽をしなければならなかったのか、活動家の船舶運行の違法性や過失など、解明を進めていただきたいと思います。
本当にわからない事ばかりで。この校長が言う事も他人事というか、当事者意識がないというか、生徒が亡くなったり怪我しているのに。事情を知ってて乗せたなら学校が悪いし、事情を知らずに乗せたなら、もう少し怒りがあってもよいと思います。これだけ関心が高い話なのに、地上波の扱いが小さく、亡くなった生徒が乗っていた船の船長が亡くなったのか別の船なのかもよくわからない。
私は瀬戸内海の島で育ちました、小舟の操作や台風時の船の経験はありますが、2隻のうち後で沈没した船は安定が悪そうで、船を操作する人以外は女子高生では危ない、海に落ちた人を救助するのには船のバランスを取りながらでは無理、幅の狭い船では横波を受ければ転覆する。それと都会の子供は海で泳いだことが無いとプールとは違い現場は違っているが、島などでは沖に流され、クロールができないと陸には帰ってこれない。川下りの船では皆さん座っているでしょう、立った人がいたり移動すれば危険です。安全対策は十分すぎるくらいがよいのでは。
波浪注意報が出ている中、あんなボロ船に乗せられて尊い命が軽んじられた事は言うまでもなく、教育の現場にゴリゴリの左翼活動家との交流を持ち込んだという意味でも重大な問題です。
どうしてこんなあり得ない事が教育現場で起こってしまったのか、私学といえど日本の教育に携わる学校なのですから全てを明らかにするべきです。
こんな事もっての外だと思います。
これ程理不尽で悲しみの大きい事故はない。
未来ある若者が2人も亡くなったという事実、親御さんは悲しみなんて言葉では表きれないと思います。
高校がボランティアと平和教育という名の下にお金も支払わずに預かっている大事な生徒を船に乗せるなど理解出来ない。
全てとは言わないが原則社会では当たり前だかお金が発生するからこそ責任が伴う所があるし、知床の事故が記憶に新しいにも関わらず運航管理者すらいない抗議船に依頼するなんて、、、
平和教育するならいくらでも、日本だけでなく世界中にあります。
沖縄なら白百合の塔など多くの悲惨な歴史を後世に残しているものが沢山ある。
今回誰が責任取れるのか、また船長だけ行政処分となるのか分からないが、辺野古移設反対団体は自分達の主張する為に利用した結果がこれなので救いようがないと思います。
正直、特定の政治的な考えを高校生に押しつけて、その流れで活動家の船に乗せるっていうのは、教育の名を借りた無理な誘導だと思います。本来、学校っていろんな考え方を示して、生徒が自分で考える力を育てる場所のはずなのに、特定の主張に導くのは明らかにズレていますよね。
しかも、安全性や活動の中身もちゃんと確認せずに、生徒を危険にさらしたのはあまりにも軽率ですし、学校の責任はかなり重いと思います。
国会はこの問題を取り上げ、「冥福を祈る」と他人事の様に話した校長以下を参考人招致して、安全確認、何故活動家の船に守るべき生徒を載せたのか聞き取りをしないと世論は収まらないと思います。
この学校の問題とは別に、抗議活動船がこんなにボロくて小さいボートだということにも驚いた。
今回の抗議団体側、組織があるのか個人的活動なのかも分からないけど、他にも学生や観光客などを乗船させてはいないのか。それは違法ではないのか。
遠く離れた都民としては「沖縄の抗議活動」は誰が何の目的でやっているのかがよく分からない。『ちゃんとした』沖縄県民の大意ならばもう少しまともなやり方があるだろうし、既に司法決着が出ていても従わないし、何より国防は国家の専権事項。
この間も抗議活動で警備員が巻き込まれて死亡したばかり。とは言え県知事は再選されているし、活動家に反対する側のアクションは聞かないし、沖縄県民がどうしたいのかが見えてこない。
この事件を契機に違法な活動が行われていないか司直は洗い出し、いつまでも続くこの状態を解決して欲しい。
ニュアンス的には「抗議に参加するわけではなく、基地反対を唱える人が普段乗る船を修学旅行用に借りて建設現場を見学します」みたいな感じで伝えてたんですかね?そうだとしても使用するのは「抗議船」には変わりないですが。
同意は取っていないにしても保護者から反対の意見は上がって来なかったのでしょうか?
学校という場が特定の政党、思想を持った方々に肩入れすると疑われるような行動をとるのはいかがなものかと思います。平和教育を行うならばそれぞれの方向性からの考え方を学ぶ場にする必要があるかと思います。それとも教員の中にそのような方が見えたのを学校として把握されていなかったのか… いろいろと疑念が残る問題です。
若い命が学びの最中に失われたことは痛恨であり、犠牲となった生徒の無念は計り知れない。転覆した船は、辺野古新基地建設に反対する立場の市民団体(活動家)が抗議活動で日常的に使用していた抗議船そのものであったにもかかわらず、学校はその政治的背景や通常用途を把握しながら保護者に明示せず、同意も取らずに委託していた。教育活動として実施しながら、政治的主張を掲げる団体の有償サービスを利用し生徒のお金を流していた構造が、事故によって初めて可視化された。さらに、波浪注意報下での出航判断を外部に委ね、教員も同乗しなかった運用は、安全管理の欠如を示している。金銭の流れ、安全基準、判断過程を徹底的に公開しなければ、同様の構造的危険は再び生徒を巻き込む。失われた命を無駄にしないためにも、教育と政治的活動の混在を排し、すべてを明るみに出すことが必要である。
高校生は見聞を広め自分の考えを持っていく時期だと思う。高校生がこのコースを選んだことは何も避難される点ではない。しかし大人が高校で用意するオプションとして、反基地建設を用意するのが適当なのだろうか? 少なくとも今は民主的過程を経て肯定され国が進めている事業。反対するなとまで言わないが、高校ではどうか?
平和学習は戦争の悲惨さを知ることで平和の尊さを学ぶもので、一部の活動家達の妨害活動を学ぶためのものではない。沖縄に米軍基地がある理由、普天間基地が周辺地域に及ぼす危険性を軽減するために辺野古への移転を進めていること。更にならずもの国家からの防衛に米軍を頼らざるを得ない理由を生徒に説明しているのだろうか。

