沖縄・辺野古沖で同志社国際高校の生徒らが乗船した船2隻が転覆し、生徒と船長が死亡した事故で、学校側の安全管理体制に疑問が浮上した。17日の記者会見で西田喜久夫校長は、出航判断を船長にほぼ一任していたことを認め、「海のことはよく分からない」と説明。死亡した船長はキリスト教に基づく教育を行う同校と関わりがあったが、船は事業登録されていなかった。現場の教員も陸にとどまり、状況を把握できていなかったことが明らかになった。
引用元: https://news.yahoo.co.jp/articles/5478401d765ff0272854e315b47a7820a90a7870
みんなの意見
何もわからないまま問題視せず、安全管理なんてぜんぜん考えずに、修学旅行の体験先として長いあいだ選定してきたわけですか……
不幸な事故ってのは、こういう地盤の上に起きることが多いですよね。
本当に取り返しのつかないことが起きてしまいました。
治安当局の捜査はもちろん、訴訟も起きるでしょうね。学校へももちろん、船の所属する反基地団体に対しても。
もう取り返しのつけようもないですけれど。せめてしっかりと調査がされて、こういう事件がひとつでも少なくなるよう祈ります。
最終的に判断した船長が悪い
しかし船長は立派な方だったし故人を悪く言うのは忍びない
悲しい事件だがこれで反基地運動の火を絶やしてはならない
という論調で幕引きするんでしょうね。
政治的な思惑抜きにしても、
マトモに保険に入っていなさそうな素人が取り返しのつかない事故を起こした。
そもそもボランティアという建前で旅客を船に乗せていたのに然るべき手続きをしていない脱法的な運用。
というだけでもアウトですし
こんな団体に教え子の命を預けた学校側の責任は免れないでしょう。
こういうメチャクチャな団体が
正義の運動と見做されて存在を黙認されてきたのも大問題です。
転覆事故。そのメカニズムは身近な「自転車の二人乗り」に置き換えると、共通点が見えてきます。
仕事の「定常作業」が一人乗りの運転なら、「非定常作業」は重い荷物を積み、初めての急坂を下るような状態です。最大の鍵は「復元力」にあります。一人なら多少のふらつきも立て直せますが、後ろに荷物があると重心が上がり、一度傾き出すと自分の筋力では支えきれません。船も同様に、積み荷の偏りなどで重心が上がると、波や旋回の遠心力で一気にひっくり返るのです。
非定常作業とは、いわば「不安定なバランスでのぶっつけ本番」。「いつも通り曲がれる」という一人乗りの経験則(過信)が、過積載では命取りになります。
「倒れるかもしれない」前提で事前に準備し、異変を感じたら即座に足を付いて止まる。その「止まる勇気」こそが、巨大な船と私たちの安全を守る唯一の鍵なのです。
善意の道とは言え、非定常作業は危険行為と認識すべきです。
思想の違いに焦点を当てる人が多いが、今回の事故とは切り離して考えるべきだと思う。ただ、ある質問者が発言されていたが、彼が、実際に、ほぼ全ての現地住民の声を聞いたところ、辺野古基地建設に反対する声は、聞かれなかったとのこと。多様性を重んじる教育現場が、一方に偏る事は避けなければならない。私の子供の頃は、日教組が強く、歴史の時間でも、天皇を天ちゃんと呼ばされた事を思い出した。例えば、後醍醐天ちゃん即位と言うように。それを思えば、閉ざされた教育現場とは、歩みを止めて生きながらえているのだろうか?
名護市民ですが基地の賛成、反対については個人の思想や環境の問題であり、あの危険な環境に学習の一環として乗船させた事は学校の責任です。
ニュースでも時々放送がありますが海上保安庁とバチバチで通常の運航でも転覆してもおかしくないくらいです。
何も知らず強制で乗船させられたのと同じだと思います。
ご冥福をお祈りします。
学校は学校行事で関係を持つ講師・案内人の団体名、個人名と金銭のやり取りを公表すべきだと思う。
フワッとした行事名の為に集金し
その対価を払っているのではないか?
下手したら問題を起こす団体の資金源になっているかもしれない。
やましいことが無いなら公開出来る。
未来ある高校生の命が失われたのにもかかわらず、学校の発言は随分と無責任であり、許しがたいと思う。大事な子どもを学校に預けるのだから、安全管理は学校が責任をもって行うのが、普通のことだと思う。一部では抗議船は定員オーバーの可能性がある情報もあるようだが、抗議船を運航した活動家団体および学校の安全管理責任は重大であり、万シに値すると思う。
最近の傾向なのか直ぐに責任追及になるがそれで良いのか。予期せぬ高波が来て転覆っていう事なら普通の事故。それでも誰かの責任にしなければいられない。誰かのせいにしたとしても失われた命は戻って来ない。死亡の原因がハッキリしないと他責について語れない事もあるのでは。といつも思う。
普通、旅行業者を使うのは、
安全管理がしっかりしてて、
保険等も入っていて信用できるからだと思う。
今回は、安全管理や保険の有無等確認せず、
一部の先生との関係だけで依頼していた。
完全に学校側の責任です。
また、安易な考えで受け入れ、
運航した活動家組織も責任重大です。
(亡くなった船長含め)
こんな杜撰な管理で、
亡くなった方、怪我をした方、保護者の方、
無念でしょう。
私も人の親、親御様の気持ちが身に染みます。
御冥福をお祈りいたします。
学校側が亡くなられた船長を金井”先生”と呼ぶ関係性で細かいことを要求できなかったのかもしれないが、大事な生徒をあずけるにはあまりにも杜撰な対応だと思います。学校側の責任も非常に重大ですね。
こういう平和学習とか聞こえのいいことを隠れ蓑にしたりボランティアを理由にした無許可操業は禁止にすべきではと考えます。
修学旅行など学校行事が活動家の資金源になってるかもしれない疑惑もあるしね。
亡くなられた方のご冥福をお祈りします。
今回の宗教系活動団体との接点しかり
部活動での不祥事や事故の数々しかり
やはり私学とはそういうもの
経営優先によって抜けている学校の安全管理や危機管理の低さが露呈している。いくら施設設備がキレイでも、先生たちが受験指導に熱心でも、ただのイメージアップ戦略の張りぼてでは子どもを守れません。国や地方教育委員会が直接指導している公立校の方が生徒の命を預かる意識や安全管理、危機管理の体制は整っていると感じます。多様な生徒や保護者のニーズに対応する経験値は公立の方が高いと思います。
船長に一任って知床でもありましたよね。でも知床は旅客運行をする業者だったから社長が責任を取る必要がある。「反戦団体」はそんな業務をしていないから、団体には「責任無し」ですかね。しかも個人の判断として逃げそうです。まあ学校側は責任無しにはできないですね。学校行事ですから。しかしそんな実態を親は知っていたのでしょうか。誰かが言っていましたが、「街宣車に乗って抗議活動を見学する」ということと全く違いがありませんものね。
辺野古で起きた抗議船の転覆事故。これを「不運な事故」で片付けていいのでしょうか。
これまで現場では、
・工事の進行を妨げるための過度な接近
・海上での危険を伴う抗議行動
・ルールや安全確保を軽視した行動
が繰り返されてきたとも指摘されています。
抗議の意思を示すこと自体は尊重されるべきです。しかし、海上という一歩間違えれば命に関わる環境で、安全を軽視した行動が常態化していたとすれば、その延長線上に今回の事故があった可能性は否定できません。
さらに看過できないのは、こうした脱法的とも言える行為に、極左の国会議員が関わり、それを政治活動として発信している点です。
本来であれば法令順守を先導すべき立場の人間が、結果的に逸脱行為を正当化しているように見える状況は、極めて問題。
事故が起きてから原因を問うだけでなく、そこに至るまでの経緯や現場の実態を検証することが必要では?
アメリカ軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先、
沖縄県名護市辺野古沖で16日、
移設に抗議する人達が普段使用する船2隻が転覆し、海に投げ出された
「旅客船ではない船が人を乗せて運ぶのに必要な登録せず」
学校側は「登録の有無は思い至らなかったという」
開校以来、平和学習に力をいれていたと述べた。
そして2015年に辺野古沖を陸から見学する学習が始まり、
2023年からは金井船長の案内で船に乗る今回と同様のコースになったという。
旅客船ではない船が人を乗せて運ぶ場合は、
「一般不定期航路事業」として代表者の氏名や航行する水域などを運輸局に登録しなければならない。
同志社国際高校は、京都府京田辺市にある私立の共学校で、
全校生徒の約6割が帰国生(中国、韓国などアジア)である。
業者は業者として責任は問われると思いますが。
学校の責任はかなり大きいと思います。
選定に体験をしていると思うのですが生徒を乗せるには
べた凪で限界の船と思います。
あの喫水線では海の波に乗せた船素人では危険と思います。
費用を安く抑えたかったのか
そもそも船の事業登録していない業者を生徒の利用する対象と
している時点でおかしいと思います。
白ナンバーバスを修学旅行で使用しているのと同じだと思います。
昨日、学校側の会見をニュースで見たけど なんだか発言が他人事みたいに聞こえました。校長先生、亡くなったのは貴方の学校の生徒さんですよ、しかも楽しい思い出になる修学旅行で事故が起きてます。安全管理がデキてないですよね ちゃんと事故に向き合って下さい。亡くなった生徒さんだけでなく他の生徒さん達が納得できる説明をしてあげて下さい。
教員が同乗しないなんて有り得ない。酷い学校だ。しかし、ミッション系の学校って偏った思想を生徒に押し付けてくる場合がある。もう何十年前の話だが、自分の学校もミッション系で、授業の中で731部隊が残酷なことをしてる映画やフィラデルフィアという同性愛を主題にした映画を見せられた。今思えば誰が選定した映画で何であんなものを見せられたのか疑問だ。他に見るべきものはいっぱいあるだろう。今回学生が亡くなってしまったのも、まだ十分に知識がない年齢で非常に偏った思想を押し付けられて、結果的に命まで失ってしまったのは非常に残念でならない。
一番の問題は抗議船という活動家の船に生徒を乗せたことだろう。
船長のことは、活動家は穏やかで立派な方とインタビューで答えているが、別の動画では基地反対運動で罵声を浴びせる動画を見ました。
校長の会見の中で、校長自身は船長のことはよく知らず、担当の教論が船長とやりとりをしてこの見学を決めたとありましたが、現場に引率した2名の教師をしっかり調べていただきたい。
日教組や共産党の組合員ではないのか明らかにして公表すべきだと思います。
船長が抗議活動で有名な方だったと評価しつつ、特定の政治思想を持たせるものではないと言う学校側の説明は矛盾していないか。
辺野古での抗議活動がどのように行われているか、少しでも調べればわかること。抗議船に生徒を乗船させ抗議現場の海域近くまで見学させることが、学校教育として妥当だと判断したのは誰がしたのか。この企画を当初持ち込んだ教員を記者会見させなければ、詳しい経緯や意図が説明されません。
また抗議船は年に数回程度、学校の研修をボランティアで行なっていると説明していたが、日常的にツアーを行なっていたなら、学校側は謝礼を支払ったのではないか。支払っていたなら普段のツアーと合わせて抗議活動の資金源が疑われます。高校無償化というなかで特定の抗議団体に学費が流れたのなら、尚更問題でしょう。
安全管理は
恐らく通常なら船舶を運用するしてる側にまかせればいいですが、任せては駄目な方々が相手だった
市民団体側はボランティアと言っているが、
操船する本人以外を乗せるって事は
その方の命を預かるって事
これは車で誰かを送迎する時も同じ
最低限の保険とか入ってるのかな?
それが負担なら最初から営利でやっていれば
良いものを、責任があやふやなまま
高校生が犠牲になった責任は重い
亡くなった高校生の乗船していた船長には
相当重い罰があるでしょう。
登録している団体なら一人5000万円の保険にはいって、安全管理規定を持っている。安全管理規定がある以上、それに従って、責任者が出航するかどうかの判断をするはず。
登録のないこの団体の船に生徒をのせることを決めた学校関係者の責任と登録なしにこのような事業を行った団体の責任は重大。
平和教育は大切だが、今も米軍基地建設に対する反対抗議運動が盛んな辺野古の海上見学そのものは、平和教育の趣旨とは論点が違うんじゃないか?学校長や教職員による在日沖縄米軍基地移転問題への主観が強かったのだろう。
平和教育において基地移設問題に向き合うなら、沖縄の歴史を紐解き、この移設問題のプロセスや国と反対派市民との軋轢について考える勉強だけで、高校生には十分なはずである。
公立学校ではないので、もしそれでも辺野古の海上見学を修学内容の選択コースに取り入れたいという校長以下教職員の意思が強いのなら、生徒たちを乗せる船を真っ当な方法で手配をし、旅行保険の適用下である確認はもちろん、引率教員は必ず同乗して子供たちの安全を見守る責任が必要。
船長の出航判断は、また違う別の話。そもそも船の免許は持っていたとしても、海上輸送における資格や届出はなく、牧師でもあった船長さんは船長と呼ばれていただけ。
辺野古のことをちょっと調べたら、抗議活動をする人たちが常識を守らない、常識がわからない人たちということがわかるはず。
親も気づくはずだし、高校生であっても本人も気づかなければならなかなったと思います。
船の人たちを責めても仕方がない。そもそもが人の迷惑や社会の迷惑を考えられない人たちなので。
学校は良識を持つべきでしたね。校長への忖度で、物申すのは難しかったかもしれませんが、誰かが校長をさとすべきだったと思います。
今回事故が起きて表面化しただけで、ヒヤリハットは積み重なっていたのではと思います。
これが正常な会社なら、重大事故になる前に検証されたり、マニュアル改訂されるものです。
が、ボランティアの活動家にそんな事は望むべくも無いし、学校側も丸投げ。
これどうやって責任を取るつもりなんでしょうか…。
活動家お得意のカンパで賄うつもりなのかな。
崇高な理念で平和活動に命を落とした人たちへの協力金とかやりだしたら、いよいよですよ。
この事件は最近数年間でもいちばんひどい部類だ。学校も活動家も無責任きわまりない。
同志社は私立学校だから教育方針は自由だが、それにしてもこの「平和学習」には強い違和感がある。まだ兵器も施設もないただの工事現場を見て、平和の何が学べるのか。
活動家団体のまるで他人事のような態度、死亡した船長を賛美するかのような態度にも憤りを持つ。
亡くなった生徒さんを思うとこれをきっかけとは言いづらいが、危険で脱法的な妨害活動は厳しく取り締まりしていただきたい。
生徒の安全を確保しなければならない学校が船を運行する側との信頼関係だけを頼りに海という危険な場所は連れて行く
さらには引率する教師も同行しないとは、なんとも考えられないような平和学習であると考えます
信頼関係という言葉は運行者が法令をはじめ安全義務を遵守し、それを学校確認して成り立つものだと思います
ただ毎年の修学旅行でお願いしているからということを信頼関係と考える思考には呆れ果てるものがあります
さらには国の補助金を受けている学校法人が、生徒への沖縄の歴史や存在位置、日本の防衛や米軍との関係を正しく教えようとしないこと
この学校が生徒に対してきれいな海と基地建設といううわべだけを見せて、イコール悪と洗脳しようとすることに疑問を感じます
沖縄県民ですが、どこまでも無責任な学校ですね。
特に教育においては政治的中立が必要なのに、抗議船に乗せるなんてあり得ない。
辺野古の現状を考えさせるなら、反対派だけでなく、何故辺野古に基地が必要なのか賛成派の声や集まりにも参加させてから『自分で』考えさせる事こそ最も重要なのに、そこが欠落してる。
偏った教育を推進する無責任な学校なんだなという印象しかない。
まず、米軍普天間飛行場の辺野古移設工事の反対運動のどこが「平和教育」なのかを考えてほしい
たしかに沖縄の人間は駐留米軍に反感を持っている、しかしそれは沖縄の米軍基地には、対中国だけでなくアメリカの世界戦略としての部隊が集められていて、ハッキリ言えば沖縄防衛目的ではなくアメリカにとっての国益すなわち軍事同盟国を守るためのものだからだ
要するに、彼らは本土の米軍と違い、駐屯地周辺や地元を守るための部隊ではなく、だからこそ沖縄は彼らにとって、休息歓楽地であると同時に、彼らの守るべき地ではないから不祥事が頻発するのだろう
それを必要とするのは軍事同盟国の日本国がそんな理由であれ外国に攻撃される事態に備えての事であって、沖縄住民が直接自分たちでなく日本を守るための米軍駐留を迷惑がって抗議し、本土の日本の対外防衛力を削ぎたい人々がそれを利用しているだけなのを平和教育という事自体おかしいのだ
参加生徒が学校授業、或は学校公認の社会見学として乗船していたなら、それを提供した学校側が如何に「船長の判断」と言い逃れしようが通用しないだろう。
そして参加生徒の安全を守る義務は、学校側にあったのであり、乗船はその範囲内であったと認定されるべきであろう。
学校の明確な責任について、亡くなった生徒さんの為にも、真摯な態度を湿して欲しい。
2つ疑問点がある。なぜこれが平和学習なのか。沖縄での平和学習は、先の大戦末期での沖縄戦の悲惨さを生徒が知り、次代を担う世代に戦争はダメなんだと認識してもらうことではないのか。もう1つは、波浪注意報が出ているのに決行してしまったことがよく分からない。船を出す判断は、まずは船長なのかもしれないが、現場の教頭は波浪注意報を校長に伝え校長は中止を決断すべきだったのではないか。本当に残念でならない。
舟に乗らず陸上にいても、現場であれば、地元の人々の話を聞いたり、聞いて分からない事や見えない部分は映像や写真でカバーすれば、それなりの教育的意義はあると思います、 何でも実践しなければダメならば、学校というもの…特に社会科の科目などは不要と言うことになってしまう。
それから教師だけのことではないが、人の上に立つ人、指導的立場にいる人など、本来は想像力、洞察力などが重要なはずだが、詰め込んだ知識ばかりでその辺りの能力が乏しい人が多いと思われる。
学校側で行程を確認して問題点を指摘する人はいなかったのだろうか。亡くなった船長はこの学校と関係があってその縁で「平和学習」をやっていたというから、仮に指摘があっても「たぶん大丈夫」という話になったかもしれないが 、公共交通機関でもなんでもない抗議船に高校生を乗せて安全かどうかという議論がなかったとすれば、そこは学校側の過失だろう。
同志社国際中学校・高等学校も工事反対の特定の思想の持ち主と理解した。
こんな危険な工事現場に修学旅行で行かされる生徒の身になれよ。
平和学習が特定の思想の押し付けなんておかしいだろ。
合法的に工事をしてる場所で抗議活動という違法な活動船に生徒を巻き込むことがオカシイ。
そもそも修学旅行の一環としても船は「営業船」ではないだろうし、工事現場は沖縄防衛局の許可なく立ち入りは出来ないはずだ。
学校も被害者ぶるのではなく管理上の責任を自覚して欲しいしその責任は重大だ。
大変痛ましい事故ではありましたが、平和学習と抗議活動を後退させることはあってはなりません。
「無謀で誤った国策に基づく工事は絶対に中止に追い込まねばならない」という志半ばに尊い命を亡くした両名の無念はいかばかりかでしょうか。
これまで以上の抗議活動により工事中止を勝ち取り両名の墓前に報告することこそが無念を晴らす弔いです。
気象専門家によると、当日は遠洋からの大波が太平洋側に押し寄せ。
地形により高さは変わるが、この情報は船長なら確認する筈。
(波浪注意報とは別で出港判断に必要)
またボランティアだろうが、人を乗せて運航すれば登録も専用免許も必須。
これをしていないのどから、当然保険も入って無いでしょう。
平和教育や基地反対運動は自由だが、それが人命軽視する免罪符にはならない。
と言う社会常識さえ無い団体ですね。
また団体の目的や素性、安全性確認もせず全てお任せした学校側。
これも思想的影響が有ったとしか思えない。
失われた命は戻らない。
その想像力さえ無かったのが学校と団体の双方。
この件、この団体の出す船に乗せたことそのものがもう信じられない。仮に事故がなかったとしても、特定の政治思想をもつ団体で、しかも無届の船に乗せるなど、あまりにも不適切。
それはさんざん言われてるからここではこれ以上言わないとして、あと不思議なのは教員が二人も引率でこのコースにいたのに一人も乗らなかったこと。通常は、どういう形だったのか分かりませんが陸に残る生徒がいたのなら一人が陸に残り、もう一人は乗船する、というのが普通でしょう。もし海上で急に生徒が体調不良になるとか不測のことがあったらどうするのか、という話です。2隻あれば最悪どっちかに教員が乗っていれば、何かあれば合図を送るなどして対応できます。
教員が乗っていても転覆は防げなかったでしょうがそれは結果論です。教員が学校行事中の事故に居合わせないなんて信じられない。
同じ教員として、この学校の体質がもう信じられない。生徒がかわいそう。
沖縄県民です。既に多くの方が、指摘していますが、安全管理もですが、抗議活動をしている団体の船に乗せたのも学校教育上、シンプルにアウトですよね。沖縄では、基地反対の団体が、自衛隊が、エイサーに参加するのを、問題だーっと過敏に抗議したり、琉球新報と琉球大学生が協力し、パフォーマンスアートと称して、廃車のタクシー車両を横転させて、コザ暴動時の出来事を再現したり、自分には理解し難い思想の偏りを感じるのですが、京都の高校の件なので、沖縄と同様に、革新政党の強い京都でも似たよう偏りがあるのかもと感じました。
基地反対派の存在を知ることが教育につながるというなら。基地の建設の意味も同時に教えなければ意味がありません。そのうえで、どちらの考えを支持するかを考えさせることが真の社会教育になります。初めから反対ありきでは物事の判断を誤まることになります。選択はあくまで生徒自身にさせることが民主主義根本です。どちらにせよ中途半端な教育方針の犠牲になった生徒さんが本当にかわいそうです。
この事件だけじゃなく他の事案がないのか確認が必要では?
校長先生は無くなった牧師だった金井さんの事を金井先生と呼んでいましたね。事前の繋がりがあったことは明らかでしょう。他にこのような案件が無かったのか。同時に無届で複数の団体が利用していたのを海保や公共団体が気が付かなかったのか。
オール沖縄が昨日の会見で海上での抗議活動は休止すると言った事からも判る様に彼らの組織の一端です。都合3名の人命を失わせた辺野古基地反対運動をこれ以上看過してもいいもんでしょうか。
直接の原因は抗議団体の杜撰な運営かもしれないですが、そこだけに矮小化してよいのでしょうか?ろくに確認もしないでそんな団体に大切な生徒の命を預けてしまった真因についてもしっかりと検証しないと再発は防げないのではないでしょうか。
通常なら旅行会社が安全面の確認も行うのでしょうけど、そうはならなかったのは政治的思惑から抗議船を使用することが前提になっていなかったでないでしょうか?
生徒の意向に関わらず抗議活動に利用される危険は考えなかったのでしょうか?
本当に生徒の命や人生を第一に考えていたのでしょうか?政治的思惑から盲目的になっていなかったでしょうか?学校には虚心坦懐に振り返って欲しいです。
教師は素人なので、出港可否の判断は出来ないでしょう。ただ任せる相手が信頼出来るかは重要で、精査すべきでしょう。
実績のある観光船会社とか、任せる相手を評価すべきで、無認可の抗議船に生徒を乗せるのが間違い。
安全よりも生徒に思想を植え付けたいという思いが優先された結果。
>普段から観光客や修学旅行生を乗せている
これは重要ですよね。常習犯ということです。
運送法の問題はもちろんですし、観光客は乗った人個人の判断だったとしても、修学旅行生を過去に何回、どこの学校を何の目的で総勢何人乗せてきたのか是非知りたいところです。
交通事故と同じで、安全対策が万全でないといつか事故が起きるのです。
無謀運転してもすぐに事故が起きる訳ではありません。
小さなリスクでも放置すればいつか事故が起きるのです。
私には学校側の管理が杜撰であったとしか思えません。これは人災です。防げる事故でした。
修学旅行は学校だけで準備はできない。つまり旅行会社の介在は不可欠である。そこで気になるのは、旅程管理である。これは旅行業法で定められた必須事項である。学校の直手配とはいえども、全体管理は責任はある。
まず2.5mの波であんな小舟で出たことが信じられない
別の地域ですが、1.5〜2mの波の時に100トン100人乗りの船に乗ったことがありますが、席から立てないくらいの揺れでした
その後、震度5強の地震を経験しましたが、地震のほうがまだマシと言えるレベルです
学校側も素直に「辺野古基地建設は悪だと教え生徒に偏向教育をしていました」と素直に認めてしまえばいいのに。また、ヘリ基地反対協議会も自身の活動が正しいと思うならば自身の行動が正しいと思っているのだから同志社国際高校以外にも船に乗せていた高校を公表してほしいね。
死人に口なしとも取れる学校側の無責任な発言
もちろん、亡くなられた船長を責めるつもりはありませんが、そもそもが
この団体の活動に学校側なのか教師側なのか感化されていたから、こういった
平和教育を令和5年からされていたんでしょうか?
当日は海上保安庁も「波浪警報が出ているので注意してください」と勧告していたとニュースで言ってましたし、他の漁師さんが子供達が乗船する姿を見て
「あの船の大きさに、大人数を乗せているな」と思ったと話してありました。
船長は元牧師さんだったとか、この抗議活動の為に船の免許を取って操舵していたのかな?
子供たち一人でも多くに移設反対を理解してもらおうと焦っての運航だったのかな?
海を知り尽くした漁師さんですら、船の大きさから4,5人くらいが妥当と
判断しているのに。
自然を相手にすることは長年のプロでも事故に遭う。
大人の思想の為にこんな事になった責任は重いです。
修学旅行、学外研修などの計画と見守りの管理責任は引率教諭をはじめとする学校側ですが、現場の最終判断まで教諭たちに押し付けるのではなく、旅客輸送業者であることを確認して委託契約したか、間に入った旅行業者の管理はどうだったか、ではないでしょうか。
学校への指導という意味で教育委員会や行政がそのようなルールを作ることも含め、どう監督指導しているも含まれると思います。
一方で、政治信条の事など横道に逸れた議論は的外れだと思います。
一般的感覚だとまともじゃない。修学旅行で平和学習で施設訪問はあるべきだと思うけど、ある意味活動家自体が危険を伴う覚悟と認識で行なっているとしか思えない船上抗議活動に修学旅行の学生が参加すること自体問題としか思えない。学生が個人的に強い希望があった場合が唯一乗船の可能性があるくらいで(それでも先生や関係者は断るべきだけど)他の全てが犯罪級の問題だと思う。
逆にこの抗議活動自体がレジャー化してるとしたら(10分体験参加できますよー)ありあるけど、公にしてないからやっぱ問題
学校側は『誰が』『どのような目的で』このボランティアの平和学習ツアーとやらを計画したかの説明をすべきだと思います。遺族が納得出来る答えを出すのが最低限の人としての誠意だと思います。

