「地上の楽園」は嘘!北朝鮮で絶望見た日本人妻

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北朝鮮への帰還事業で「地上の楽園」と騙され渡った脱北者たちの壮絶な体験談。85歳の斎藤博子さんは、17歳で結婚後、幼い娘のため、夫の家族に言われ北朝鮮へ渡った。しかし現実は灰色の町、水道も電気もない生活、わずかな配給。日本人妻との会話も禁じられ、持参した品も食料に。過酷な生活に夫の両親は亡くなり、義姉は自死。8人家族を支えるため、闇市で飲食物を売って生計を立てた。近年、人生を大きく変えた夫への複雑な思いを語る。

引用元: https://news.yahoo.co.jp/articles/c91a091d6e5ef4aad713af38092cd1caa4f4ae48

みんなの意見

001 名前:NoName
>自宅に在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の職員が訪れ、しきりに北朝鮮へ渡るよう勧めるようになった。

この人たちは決して地上の楽園へは行かず、日本に暮らし続けた。
その子孫は、今でも日本に住み修学旅行で北朝鮮に行き将軍様に会っている。
ほんと、そんなことがなぜ許されるのだろうか?

002 名前:NoName
未来を見通せたらいいのにと思うことがある。「やるかやらないか、本当にここが分岐点になる」という事態が人生では何度かあり、考えて考えて結論を出すのだが、大間違いだったということもある。私が意識しているのは、チャレンジするなら「失敗するにしても努力で修正ができるものに限る」ということだ。二度と元に戻せなくなるリスクは避ける。曖昧が必要なのであれば曖昧で終わらすのもいい。より確度の高い未来を軸にして人生をプランニングすることだ。
003 名前:NoName
小学校一年のときの同級生が一家で帰国し、大勢で駅まで見送りに行きました。割とお金持ちで車や工業機械をたくさん持って行く、着いたらすぐに紙を出す、と言ってました。同級生のお姉さんの担任が一度だけ手紙を受け取ったそうですか、その後どうなったのか。今でもときどき思い出します。
004 名前:NoName
帰国事業は慎重に行われ、独立機関としての赤十字社が、出国直前に北朝鮮渡航の意思を確認している。

だから、日本政府には責任は無い。日本政府が主導した事業じゃないしね。特定勢力を利用したとは思うけど。

しかし、親北朝鮮の組織(マスコミと朝鮮総連等々)には責任大有りだ。地上の楽園と宣伝しまくっていた。

間違い、さらには嘘であったと認めたことは無いと思う。賠償命令は、これらに対して行えば良いのだが、色々と法的に検討した結果なのだろう。

005 名前:NoName
子供を人質に取られてはね…
私だったら姑にブチ切れて暴れ散らして娘連れて出てくけどって思うけど、この時代はとてもじゃないけどそんなことできる時代じゃなかったもんね。
そのお子さんもお亡くなりになられてもう本当に読んでて心がギュッとなった。
006 名前:NoName
日本政府は当時大変困窮していた。食糧が足りなかったのだ。都市では毎日のように餓死者がいた。終戦により大量の帰国者が国中にあふれかえっていた。食糧増産のための干拓事業と人減らしの移民政策が国策だった。私の知り合いも南米や朝鮮半島などに渡った。私も子供心に移民という夢の海外雄飛をいつかはしたいと思ったほどだ。南米に渡った知人は一度帰国したことがあった。余り生活は裕福そうではなかった。朝鮮半島に渡った知人は未だ再会できていない。小学校低学年だった子どもまでも移民が夢のように思える世相だった。今思えば、当然それを夢想させていたのは政府だったのだろう。
007 名前:NoName
地上の楽園なんて存在するわけないと思いますが、当時は戦後で日本も貧しく、少しでも生活が楽になるなら・・・と甘い誘惑に乗せられたのだと思います。

近年、カンボジアでリゾートバイトがあると日本人の若者を勧誘し、現地で監禁して振り込め詐欺のコールセンターで働かせるのにも似ていると思います。日本に戻ってこられない人も多いそうです。

結局、騙された本人だけではなく、勧誘した側にも大きな罪があるということですね。

こういった被害者が今後は出ないことを願っています。

008 名前:NoName
脱北者の方から聞いた話
その人は地上の楽園の家族会議のときに
自分だけ先発隊で行く、そして宣伝が本当であれば
漢字で嘘であれば全部カタカナで手紙を出すと言って
北朝鮮に渡った
もちろんカタカナでの手紙を家族に出した
それから泥水啜って金を貯めてブローカーにわたし
ギリギリ脱北成功 お父さんとの最後のお別れは
できなかったが、お母さんとはできたそうだ
009 名前:NoName
とりあえずは日本国内にある北朝鮮の資産から、国が責任を持って差し押さえて充当すべきです。
こんな一個人にそれまで自己責任はあまりにも酷すぎるし、相手が事実上の国ひとつなのでそう思いました。
判決だけの空手形で終わりではなくここくらいで毅然と日本としての姿勢を示してほしいものです。
010 名前:NoName
「社会党」という政党がありました。
この党が刊行した漫画がありますが、北朝鮮のことを「現代の奇蹟」「人間中心の政治」と大絶賛しています。
この漫画によれば、1974年4月から「税金はナシ」「大学まで無償」「医療は無料」と描かれています。

また、機関紙では堂々と「拉致疑惑事件は、日本政府に北朝鮮への食糧支援をさせないことを狙いとして、最近になって考え出され発表された事件なのである」と表明もしています。

この党は現在「社民党」と名を変え、「平和が大事」と訴えています。
この党にとっては日本は「楽園」です。
何もしなくても税金で党を養ってくれるからです。
罪深いと思います。

011 名前:NoName
YouTubeでこの辺の事情を実体験として語っている川崎さんも写真にも写っていますね。川崎さんの場合は自ら希望して帰国事業に参加したらしいけど、向こうに行ってからはそれはもう壮絶な体験をしたみたいです。
012 名前:NoName
地上の楽園と聞いて渡った人たちが北朝鮮を初めて見た時の絶望は、まるでアウシュヴィッツに連れてこられたユダヤ人のようだと感じた。
脱北を勧めてきた中国人ブローカーもまた中国人らしいやり方だ。彼らは後で条件を変えてくる。その時にはこちらは追い込まれている。はしごをかけて昇らせておいて、最後に外す。その条件を飲まざるを得ないという状況に陥らされる。
私も何度かこれを経験し、今では彼らと接する時は、良い人でいないようにしようと心がけている。
013 名前:NoName
私の住む町の港の近くに石碑があります。
帰還事業で船が出港する記念に建てられたものですが、それを見るたびに複雑な思いになります。
日本で偏見と差別に苦しみ、北朝鮮に夢と希望を持って向かったはずです。
拉致された方々も悲劇ですが、渡った日本人も悲劇なのでもっとクローズアップされてよいと思います。
014 名前:NoName
ずっと昔、10年以上は前になるけど、テレビでジャーナリストが北朝鮮の実情をカメラで隠し撮りしたドキュメンタリー(ニュース番組の特集コーナーだった記憶)を放送していた。
取材の中で、ジャーナリストはかつて帰還事業で北に渡った日本人の老婆に出会った。彼女はあばら家で一人寂しくトランプ遊びをしながら、日本の歌を口ずさんでいた。
あまりにもかわいそうで、子供の頃に見て以来その場面が頭から離れなかった。
斎藤さんも脱北できなければ、あの老婆のようになっていたのだろうか。無念さ、後悔、諦観、そして望郷の念を抱きながら、生きていたのだろうか。
帰還事業の被害者が少しでも救われることを願います。
015 名前:NoName
日本で今なお起こってる多くの詐欺事件も騙す方がもちろん悪いが騙される方も全く責任がないわけではない。ただ戦後で北朝鮮出身者は日本にも多く住んでおりその方たちは故郷へ帰郷の思いが強く地上の楽園と言われたら帰国しようとするのは当然だと思う。情報のない時代であり天国のような楽園などあるはずがないがその思いは責められない。騙した国が悪い。20代以降の40年と言えばまさに人生で最も輝いている時期に悲惨な生活を送られたことはしのび難い。これから残された人生を少しでも悔いなく楽しんで過ごされることを願って止みません。
016 名前:NoName
少なくとも、成人になってから、自分の意志で北に渡り、還暦で帰国出来て、亡くなる前の母親に再会出来たのはまだ幸運な方でしょう。
恵さんは13歳で拉致誘拐され、還暦過ぎた今も北に囚われの身…父は亡くなり再会果たせず、母ももう残り少ない人生で再会はかなり厳しい現実がある。比較にならない不幸を背負わされている。どうにか帰国の奇跡が起こりますように。
017 名前:NoName
自分が小学生の頃クラスに朝鮮人が2人いました。
70年くらい前なのに名前も覚えています。
ある日朝鮮に帰ると喜んでいました。全校送別集会をして送り出した事を何年経っても忘れられないです。
それからしばらく経って地上の楽園どころではないニュースを見て驚きました。
聡明だった彼女たちは無事なら75歳です。
018 名前:NoName
やっぱり人生は自分で考えて、情報を得る努力も自分の行動で得て、誘う口車を鵜呑みに信用せず、最終判断は自分決断でっ断行しなきゃね。

それでも考えた通りじゃないかもしれないし、違う災難だらけでも、その責任も自分自身の身に降りかかってくるのだから。

避けると決めたら、親兄弟・夫婦・我が子と縁を切ってでも避けなければならない、辛い辛い選択。

運命は人それぞれ、度合いはあれど、人生は生き抜くのも大変ですね。

019 名前:NoName
この衝撃的な記事を読んで思うのは日本人の多くは「中国、北朝鮮、ベネズエラ、イラン」などのような全体主義国家にはなりたくないのです。死んでも嫌なのです。だから、全体主義国家の国民は「命を懸けて」独裁政権と戦っております。同じく、私たち日本人は、そうならないように高市政権を選び、極東の全体主義国家を支援・応援する政党や自民党内の議員に対して、深い深い嫌悪感を持っているのです。「平和」「人権」を唱えるのは自由ですが、世界中が共産化すれば国家間での争いはなくなりますが、世界中の人類が、弾圧され、粛清され、食べ物は手に入らず「地球が丸ごと地獄」になるだけです。いわゆる世界じゅうが北朝鮮になるのです。
020 名前:NoName
岩波新書に、北朝鮮に渡った日本人妻のリーポートがあるが、1990年前半の飢饉により、かなりの方が亡くなったそうです。
こういうことには、同じく帰国した朝鮮の人々は生き延びたのに、日本人仲間は少くなったとのこと。
彼女らは、長いことひっそりと生きてきたが、もう既にかなりの方々が亡くなったでしょう。
家族以外誰に言う相手もいなくて、本当に寂しかったと思う。
021 名前:NoName
総連の権力を握っていた上の方の人たちは、最初は北の状況を知らなかったとしても、親族らの親書のやりとりなどで割と早い時期に実態を知っていた可能性が強く、また帰国者のノルマが課せられていたとも勘ぐれる。日本人妻や日本で育った人たちは当時でも北の実態が不透明で帰国に不安を抱えていた人が多いと聞く。帰国事業に加担し、当事者に情報を与えず闇の部分を知っていて後押しした総連の幹部や左派マスコミ関係者は責任が重大ではないか。
022 名前:NoName
北朝鮮により拉致された方ばかりで無く、現在も北による帰還事業によって実際に帰ったが、日本へ戻って来れない方々が大勢いると言う実態は、非常に重いものだと思います。

北の政府が賠償命令を受けて対応する様な、政府だったら北の国民も飢えに苦しむような事な無いですが、それでも日本で北に行かないかと誘われて出国までの所で高額の賠償を裁判所が認めてくれたのは、自分たちは騙されて、唆されて行ってしまったのが、明確になったとも思うので、良かったと思います。

こう言った賠償の判決が出た以上は、帰還事業によって渡った方々の人権にも配慮して、拉致問題と同時にこうした方々の日本へ帰す様、政府が合わせて求めて行くべきでは無いかと思います。

023 名前:NoName
私は1977年生まれですが、東京都武蔵野市の小6の時、勉強もスポーツもできた男子生徒が家族で急に韓国に引っ越すことになりました。彼はとても大人びていて、喧嘩は仲裁するような正義感があり、2学年程下の弟がいました。
「サッカー留学するため」という説明でしたが、移住先は本当に韓国だったのか、北朝鮮ではなかったのか。あの頃は分からなかったけど、彼は元々在日でつまり祖国に帰ったのか。
優秀だった彼が報われる国にいてくれたらいいなと、今でもふと思い出します。
024 名前:NoName
生前の祖父の話だが、我が家にも「その話」は及んできていたという。
だが祖父の判断は全く違った。「こんなうまい話はない」と言った。
近所の人たちも祖父の話に聞き入った。
この様にして難を逃れた人は多い。
考えてみれば国家ぐるみの「詐欺話」だったのだ。
当時はブラジル移民の話もあった。ブラジルの場合は成功した人は多かった。
当時の日本は貧困国で政府は海外移民を推奨していたこともあって、半ば騙された様にして行った人もいる。
日本国内の仕事は少なく藁をも掴む思いだったのだろう。
そして当時の日本人には他国を品定めする能力なんてなかったので付和雷同していたと祖父は振り返る。
我々の現在があるのは祖父のお陰だと思う。
祖父の若いころは貧乏だったが苦学して大学に通ったらしい。
「旧来の陋習を破り天地の行動に基づくべし」
「知識を世界に求め大いに皇基を振起すべし」
等と御誓文の一文を呟いていたという。
025 名前:NoName
この頃北朝鮮の生活環境の情報はあまり明るくなかったんですね。今ではニュースでの過酷な生活が報道されていることがあります。
この記事を読んでいて気になったことは相続放棄の点です。兄弟から相続放棄を促され、放棄したら音信不通というのは置かれた境遇を更に過酷にするものです。北朝鮮に関わりたくないという意思表示にも感じますが、この記事中にある北朝鮮での生活を読むと助けるに助けられないという面はあるのかと思います。国による生活環境の差を改めて思い知らされました。
026 名前:NoName
今の若い人にしてみたら調べずに行った自分が悪いと思うかもしれないけど、
スマホが普及するまでは情報って人から人だったり書籍とか限られてたんですよね!それすらも合ってるかもわからんし!PCがあってもスマホ普及前までは書籍の電子版レベルが多かったからね!
とりあえず騙されたというのは間違いないんですよね。
027 名前:NoName
今回の判決で「帰還事業」の実態がようやく認定されましたが、あまりにも遅すぎると感じます。虚偽の宣伝で人々を北朝鮮へ渡らせ、自由を奪い帰国も許さなかった行為は、国家による重大な人権侵害であり、決して許されるものではありません。8800万円という金額で償えるものではなく、失われた人生の重みは計り知れません。また、この問題は過去の話ではありません。現在も海外での高額求人など甘い言葉で人を誘い、逃げられなくする構造は形を変えて存在しています。だからこそ私たちは歴史から学び、安易な話を疑う冷静さが必要です。そして今なお帰れない方々がいる現実を忘れてはなりません。拉致被害者の方々が一日も早く帰国できるよう、国は本気で取り組むべきだと思います。
028 名前:NoName
不謹慎かもしれませんが、ドラクエ6に似たような話がありましたね。甘言に騙されてひょうたんの島で楽園に送られる話。ゲームの中では勇者が助けてくれますが、現実は優しくなくいくら裁判で賠償が決まっても実現は難しい。
ベルセルクの中でも語られる「逃げだした先に楽園なんてありゃしねえのさ。」という言葉にもありますが、悪魔はいつも優しいということを肝に銘じておこうと思いました。
029 名前:NoName
帰還事業が始まった時、ある在日一家は帰国するつもりがなかった。
先に帰った者から連絡がなく、不穏なものを感じたからと。
だがその一家の家長的存在で、発言力がある祖母が他の者を叱り飛ばし、
結局一家で北朝鮮に渡ったそうです。
結果、家族らは収容所に連れて行かれて毎日強制労働と学習。
祖母は自分が家族をこんな目に遭わせたと大後悔し、亡くなるまで
謝罪し悔いていたそうです。昔読んだ脱北者の著書にあったくだりです。
030 名前:NoName
拉致問題を含め、これらの問題の大きな要因は北朝鮮と密接に繋がっていた社会党(現在の社民党)、自民党の左派につらなる人たち(特に三木元首相夫人、衆議院議員森英介の伯母)の貢献(北朝鮮を受益者とした貢献)が大きい。同じ日本人として、これらの方々には責任をとってもらいたい。特に社民党には、損害賠償の一端を果たすため、歳費や旧文通費を拠出させるべきです。
031 名前:NoName
当時、在日で優秀な人々は祖国の発展の為に尽くそうとして帰国した方が多かったと聞く。だが、すでに資本的経済を身につけ、本国人より金持ちだった彼らは、金王朝からは自分達の独裁政権に牙をむく者して疎まれ、現地人からは嫉妬の目で見られ、悲惨な最期を遂げた方が多いとも聞いている。結局、帰国者は母国からは単純労働の従事者として見られていて、頭数を揃えるだけの政策だったようだ。なんだが、現在の日本が採用している外国人の移民政策と根本的には同じような気がするな。
032 名前:NoName
この8,800万円、日本が払ってあげたら北朝鮮に送ったりするのかな。
それとも、北朝鮮に渡った日本人のみなさんは何とか脱北して日本に帰って来るのだろうか。
北朝鮮に帰還するという判断をした自身の責任もあるが、地上の楽園と囃し立てた日本やマスコミなんかにも責任があると思う。
笠戸丸でブラジルに移住した人たちも、聞いていた話と大きく違っていて大変なご苦労をされたと聞いたことがありますし。
日本に帰りたいと強く思う日本人の方たちは日本に帰ってきてもらいたいと思います。
033 名前:NoName
80年代の初めまで地上の楽園という記事をよく目にしてました
この頃は拉致も横行していたと思います
これが戦時中とかではなく戦後30年も経った平和な日本で行われていたことにゾッとします
イランや台湾問題も大事ですがこちらも早く解決してほしいです
034 名前:NoName
北朝鮮に渡るのが正解なのか失敗だったのかは結果論で、渡航してしまった本人に瑕疵はない。私たちだって、良かれと思って入った会社がとんでもないブラック企業だった場合もあるし、結婚した相手がDV男だった場合もある。就職や結婚は後戻りできるけど、北朝鮮に行った人たちは脱北しない限り日本に帰れない。渡航事業に乗ってしまった人達が明らかに不利益を被ったのなら、北朝鮮に損害賠償させて当然だと思う。
035 名前:NoName
前総書記の事だし日本で訴訟しても勝っても賠償はされないと思うけど。更に私的には身の安全の為にひっそりと生きて行くかなと。日本には諜報員やスパイもいる事でしょう。楽園で40年も暮らして恐ろしさは知ったはずなのに。国が違えば当然に法的な力はありません。弁護士さんは教えたのかな、否で世にこの事を知らせる為かな。
036 名前:NoName
うちのばーちゃん、ちょっと大きな家に住んでいて押し入れに古ぼけたものを入れていた。
これなに?と聞くと、うちに身を寄せてた女性が置いていったもの。いつか取りに来るかとずっと待っているといっていた。
若い女性で旦那の暴力から匿ってたんだけどある時いなくなったんだって。多分、帰国事業で北に渡ったのかもといってた。日本人妻でもまだ若いんだね。タンス、古ボケた私物を取りに来てくれたらいいな…。
037 名前:NoName
60代の日本人です。小学生の頃、「北朝鮮」を大人達は「ホクセン」と呼んでいました。日本の小学校で「朝鮮民主主義人民共和国」とフルネームを教える先生達は、「民主主義で、人民の名前を付ける素晴らしい共和国なんだ」と言っていました。
当時小学生ながら、「欧米の文化はどんどん日本に入って来て、テレビなどでよく紹介されるのに、なぜその素晴らしい人民共和国の文化や情報は全く紹介されないんだろう?」と言葉にできない違和感がありました。
今思うと、マスコミなどによって大人達が洗脳されてたんだと思います。
038 名前:NoName
金正日時代の苦難の行軍の時期は飢えが酷かった。配給制度が事実上無くなりチャンマダンと呼ばれる市場ができるようになった。60年代に渡った日本人妻は、朝鮮人妻と異なり基本的に現地の言葉がしゃべれない。そのほとんどが家族から勘当されて北へ渡ったという。悲惨の極みだ。
039 名前:NoName
裁判で賠償命令が出た所で、北朝鮮が支払う可能性はゼロだろう。
だから実効性を付けるなら、北朝鮮の出先機関である朝鮮総連の所有している動産、不動産を差押えして、それらを売却して賠償金に充てるしか無いと思う。
まぁ都会にある朝鮮学校の敷地を差押えして売却すれば、それなりに良い金額にはなるのでは?
040 名前:NoName
酷い話ではあるが。

この事業については日本政府を始めとして様々な組織が絡んでいると思われるが、特に当時その事業を絶賛推進していた組織とかその責任を追及されるのを恐れて口をつぐんでいる感じ。
某大手新聞社とか。

それと思うのは、多くの人々(中には専門家も含まれる)は開示された得られた情報のみで動いてしまうということ。
もし今の時代ならば様々な情報でそのリスクを判断できるが、

041 名前:NoName
子供のころに「地上の楽園」というのは聞いたことがあります。一部のメディアや政党のおススメがされていたと記憶しています。
当時はそうなの?位の感覚でした。でも長じると社会主義とか段々と理解してくると嘘だねと思うようになりました。やはり悲惨でしたか。何と言っていいか分かりませんがお疲れ様でした。
042 名前:NoName
聞かれたくないかもしれないが
朝鮮の方と所帯を持つこと自体に対し
ご自身の日本の親兄弟、親類の方々は喜んでくれたのでしょうか?
中には身内に反対されてもその方と所帯をもち
地上の楽園という言葉と引き換えに
その当時の日本での苦しい暮らしから逃れられるという
安易な考えで渡ったということはないですか?
今の脱北者が西側に逃げれば楽して食えるという幻想を抱いて脱北するように
西側諸国に逃げてもお客さん扱いは最初だけ
時期に自分で働き生きていかなければならないのは西側も同じ
それに日本人と所帯を持ってればそもそも朝鮮半島に渡るという選択肢すらなかったと思うけど
なにもかも人のせいにすれば気持ちは楽になりはするんだろうけど・・・
043 名前:NoName
この帰還事業は当時の日本政府が積極的に後押しをしていた。
現地の確認も行わず、日本に連れてきた朝鮮人が朝鮮半島に戻るのであればと、日本人妻も容易に渡航できるように手続きも行い、渡航費用も日本政府が都合した。
その結果、彼女らのような不幸な状況を生み出した。
北朝鮮が悪いのは確かだが、厄介払いできると現地の状況の確認せずに日本人妻も誤った情報で渡航させた当時の日本政府の責任も大きい。
044 名前:NoName
増山実さんの本で読んだことがある。

情報が乏しかった時代、北朝鮮は労働力を確保する為「地上の楽園」と称し大型船で多くの人を送り込んだそうだ。

無論、一度言ったら戻れない。
地獄が待っていたのだが当時そんな事は
みんな知る余地も無い。

私も本でこの事実を知った時驚いた。

045 名前:NoName
朝鮮戦争休戦間もない頃は、北朝鮮の方が相対的に裕福でした。あくまでも戦争によってボロボロになった韓国と比べてですが。そして、1960年代となると日本は高度経済成長を迎えたとは言え、在日朝鮮人の方への差別は強く、生活は厳しかった。当時北朝鮮の内部状況は全く伝わっておらず、地上の楽園が待っていると唆されるとそれに応じるのもやむを得なかったでしょう。
046 名前:NoName
医療費、教育費がゼロ、まして税金もゼロなんて国はあり得ない。クウェートのように石油が無尽蔵にあれば別だが,そんな資源のある国でもない。当時は右か、左か揺れた時代でもあった。まして、情報も外部から入らなかった。判断力もない。地上の楽園の言葉に、多くの在日朝鮮人が北へ向かった。日本人妻もである。殆どが南朝鮮の韓国だったらしい。北朝鮮の酷さは、現地の親戚から伝わっていたのだろう。

やはり、当時の新聞も北の帰還事業を礼賛した罪は思い。情報不足とはいえ無垢な日本人が過酷な生活を現地でしたことは、心に留めておく必要はあるだろう。

047 名前:NoName
判決の実効性を高めるために、一刻も早く日本国内の北朝鮮関連施設から賠償金を徴収すべき。
それでなくても、拉致された事実があるのだから躊躇なく懲罰を与えるべき。
048 名前:NoName
最下層に固定されて、帰国もできないって極悪な制度設計だったし、その後計画経済で行き詰まったので、完全に詰んだとなったやつっぽいね。

ただ、国内でも、左派は理想と人道から、当時の日本よりも経済的なスコアが良かった北朝鮮に帰還させると言うことと、保守系と右派の社会補償費用の圧縮で合意自体はあった。
北朝鮮のプロパガンダと一致して、一見三方よしに見える合意だね。

ただ、記事の通りお後がよろしくなかった。

これがあるので、割とリベラル的な最近の中道保守は技能実習生の制度を改変したりするのだけれどもね。

この上に北朝鮮拉致問題もあるから、なかなか闇が深いが、清算して国交正常化すると、レアアース周りのチャンスがあるのにね。

049 名前:NoName
昭和30年頃ですよねえ、
あの頃、昭和30年代は日本でも寒村では電気を引いていない家もあったし、水道もなく井戸水で生活していたからね、大きな差はなかったかも知れない
ただそこから朝鮮戦争や独裁政治体制で大きく歴史の明暗は分かれた
日本は高度成長期に入るがただ水俣病や公害被害で塗炭の苦しみを味わった日本人も多い
050 名前:NoName
北朝鮮での、あまりにも残酷で地獄そのものな生活ぶりに、震えが止まらない。
あの将軍一族だけが、地上の楽園生活を送っていて、あとの国民は皆、今もこのような生活をしているのだろうか。
北朝鮮の独裁者は、何と恐ろしく罪深い者
だろう。
クーデターが起きて、国の内部から改革を起こさない限り、外部からは中々倒せる相手では無い事が残念である。
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