沖縄県名護市の辺野古沖で、同志社国際高校の生徒18人が乗った小型船2隻が転覆し、生徒1名と船長1名が死亡する痛ましい事故が発生しました。事故は波浪注意報発令中に行われ、船を運航していた市民団体は無免許・無保険での不法運航の疑いが持たれています。学校側も、安全確認の不備や引率教員の同乗不足などが指摘されており、危機管理意識の欠如が問題視されています。この事故は、平和学習のあり方や学校の安全管理体制にも一石を投じるものとなっています。
引用元: https://news.yahoo.co.jp/articles/7cdaa7dfea60360d2995010cd4ff4bdf58556d9c
みんなの意見
個人的な繋がりで安全性を確認していない舟の活動に生徒を参加させる学校、舟の法定の登録も行っていないヘリ基地反対協議会、常日頃その舟に乗って活動に「お墨付」を与えていた共産党を中心とする議員連中。
誰もが問題だらけの行動を取った結果が若い命を奪うことに繋がってしまいました。これだけ責任の追及先が色々あるのに妙に大人しいオールドメディアの姿勢には疑問を抱かざるを得ません。
高校の修学旅行の一環で平和体験学習を組み込む学校は数多くあります。沖縄での場合、大戦中の事柄を中心としたもの、在沖米軍の施設に関わるものもあるでしょう。しかしながら、現在係争中の事案に関わることを平和学習の一環に組み込むこと自身問題があります。その事案に関わる生徒、保護者の見方が、他の平和学習事案より賛否が多岐に渡ることが明白であり、さらにその係争の当事者の船舶を利用すること自体、その係争に学校あるいは高校生が参加していると受け止められかねず、学校教育の一環としては大いに問題があります。当日の天候による実施の可否や船の安全性云々、教員が当該船に同乗していなかったことよりも大問題であると認識します。学校側の当該平和体験学習の旅程の決定過程を検証すべきであると思います。
もっとボート関係者に取材したほうがいい。搭乗定員の理解に問題があり、法廷定員は形式的な最大数でしかなく、それで安全ということではない。現実的には搭乗員全員が着席でき掴める手すりなどがあり、安全が確保できる人数が安全定員となり、船長が危険がないと判断するものであり、それで損害が発生したら船長が責任を取るということになります。それほど船長の責任は重い。
また、海の波も、ネットは海の天気の情報がたくさんあり、それを調べればすぐに危険性はわかる。事故の日の海の様子は、沖縄を含む全国の太平洋岸はすべて真っ黄色で、小型船にはとても危険な海であることは船長であれば誰でもわかった。二人の船長は、この確認を怠ったので、それも船長責任であり、怠っての事故の責任を船長は取らなければならない。船長とはそういうものだ。
いろいろなことが明らかになるにつれ、この事故は起こるべくして起こったのだということがよく分かる。
抗議団体は旅客船登録していない舟で海上保安庁の注意も聞かず確たるマニュアルもなく出船を決め、横着な操船が日常になっていた。いずれこういう事故が起こるとこは確率的にも高かったと思う。今回は亡くなった人がいたのでマスコミも重い腰を上げて取り上げたが、転覆だけで終わっていたら記事になっていただろうか。
学校の「平和教育」という名の洗脳教育も根が深く、生徒に一方的な思想を植え付けることを時間をかけて構造的に行っていることが分かった。
事故の責任をとることはもちろん、日本中に知れ渡ったこの偏向教育の在り方を、これから問われることになると思う。
こんな無茶苦茶な「修学旅行」で高校生が命を落としたことは、改めてひど過ぎると思う。
今回の記者会見を見ていて、強い違和感と危機感を覚えました。
反対派や一部の学校関係者において、責任の所在が曖昧なまま議論が進められている現状は、看過できるものではありません。
主義主張や立場を語る自由は当然あります。しかし、その前提にあるべき「子どもを守る責任」への自覚が、驚くほど欠如しているのではないでしょうか。
責任を伴わない発言や行動は、もはや単なる意見表明ではなく、子どもたちを危険に晒しかねない無責任な振る舞いと言わざるを得ません。
本来、最優先で守られるべき存在は誰なのか。
その基本すら見失っているのであれば、大人としての資格が問われる段階に来ていると感じます。
今こそ、責任の所在を明確にし、自らの立場と行動の重みを直視すべきです。それができないのであれば、その発言に社会的な正当性はありません。
歯が折れたり、骨折している生徒も多数との情報がある。
本来ならワイドショーが大騒ぎして取材する案件だがダンマリ。
保険加入の有無もよくわからない。遺族やケガをした生徒に補償があるのかも漠然としている。知覧遊覧船沈没事故は、これでもかという位に責任追及をしていたのに、学校や船長やその背後の団体には突撃取材や辛辣な質問をしない。マスコミも闇が深いなぁと感じる。
抗議船に乗せるのが平和教育とは思えない。
そこまで極端な事をさせるなら、海保や自衛隊の日常を見学させるような体験も同時に行うべき。それも立派な平和教育だと思う。
物事を多面的に見る目を養わせるのが教育。この学校のやり方は教育ではない。洗脳や誘導。同志社に対しては何のイメージも持っていなかったが、今回の件で(殺人事件と言ってもいいかもしれない)最悪の印象になった。
最初に転覆した船はかなりスピードを出していたという証言もあり、海保の船から逃げていたのではないかと言われてますね。一時的に生徒に操船させていた、とか、最初に118番に通報したのは生徒だった、とか新しい事実が出てくるたびに開いた口が塞がらない。年寄りの革命ごっこに無理矢理付き合わされて命を落とした生徒さんが本当に可哀想。
客観的にみて問題だらけの船の運行がどうして放置されていたのだろうか?
監督すべき行政の怠慢ではないのか?
根本的な責任は行政にある。
それにしても何故かマスコミが報道しない。
不思議である。
いずれにしろ生徒が亡くなった以上、真相の解明と責任の追加が欠かせない。
修学旅行を扱っていた東武トップツアーが、この船の件については学校側の独自のコミュニケーションから発生したオプションだと発表してましたが、学校関係者の中で誰がこの船に乗せる事を斡旋していたのだろう?勿論、責任の所在は多岐に渡り、こんな小さな舟に学生を乗せていた左派団体の安全意識の欠如には驚きしかありません。
親として、安心して行かせたはずの修学旅行で我が子が亡くなってしまうなど、悲しみは想像を絶します。そして天候という不運だとは言えない、
必ず防げたはずの事故です、本件は徹底した捜査をし、左派メディアには現実を直視して頂きたい。
この事故には、一部の政党が平和運動を独占し過激化してきた歴史が大きく関わっている。
政党に介入され、方向づけられることのない国民主導の反戦運動・平和運動が必要だと思う。
組織化された市民から国民が運動を取り戻し、平和に関する幅の広い議論が行われることが望ましい。
野外活動の一環として行われた「ヘリ基地反対」運動への参加は、客観的な観点で実施されるべき高校側の教育が特定のプロパガンダに染まっていることを裏返しているのではないでしょうか。
また、「たら、れば、なら」で表現するのは不適切かもしれませんが、ヘリ基地反対を唱える活動団体、無許可の船舶、悪天候、無保険、引率者不在などなどを考慮すれば、高校側の判断ミスについては、決して容認されることも正当化されることもないと思います。
いずれにしても、日本の将来を担う高校生が 亡くなったという現実を認識するとともに、「事故」というよりも「事件」と表現するのが正しい事案ではないでしょうか。
「抗議船が完全な不法運航・無免許運航だった」ことも問題だが、それよりも永年にわたり船を動かしてきた犯罪者とそれを見逃し、放置してきた警察と沖縄県知事も問題だ。
そして、これと奇妙に符合するのが、不法外国人を見逃し、国籍も名前も伏せ、不起訴や執行猶予にしたする都道府県、国の姿勢である。
両事件には、法を守らない者、見過ごし放置する者、それを社会に知らせない者が共通して存在し、ために国民の被害が多大である。国民生活の安心安全において由々しき問題だ。
この事件そのものを深く追求することはもちろんだが、関係する団体の資金の流れ、そこに絡む協力者、関連団体など利権構造にもメスを入れてほしい。
その資金の流れに違法性、脱税などの脱法行為がないのかなども明らかにすべき。あまりに歪んでいる左翼活動について、オールドメディアはもっと声を上げるべき。
ほとんど産経新聞しかまともな報道をしていない。
大手メディアは、報道の原点に立ちかえるべき。
問題点はもまだあると思う。今回亡くなった船長との個人的な繋がりって何か、誰がどういう説明を受けてこの抗議船に生徒さんを乗せるという決定をしたのかどういうことも明らかにすべき。学校全体の方向性の問題なのか一部教師の思想の問題なのか。責任は学校にあるとは思うが、それを決定した人の責任はもっとも重いと思う。
これだけの過失が明らかになったにも関わらずマスコミや関係者より具体的な問題意識の提示がない。学校、部活家、担当者、共産党、オール沖縄、知事はこの研修旅行に関わる過去から現在まで情報開示をしないと亡くなったり重症者やケガや被害にあった生徒や保護者にきちんと説明する義務があり未だ報道では見られない。
そもそも、基地反対抗議団体と転覆した船に乗船していた女子高生たちとはどんな関係なのか?学校側はまずそれを明確にする必要があると思う。抗議活動が高校生の教育の一環だったのか?だとすればとんでもない事故だ。
抗議活動は高校生たちが成人してからそれぞれ個人の判断で決める事だ。
この学校は生徒たちにどんな教育をしていたのか?明確な説明を求めるものである。
亡くなった船長を偲ぶ声を取り上げて誰もが被害者の不幸な事故の印象作りに勤しむよりも、知床の遊覧船事故の後に社長の家まで押しかけ照明を向け家族の人生へも影響を与えたであろうように生き延びた方の船長を毎日追いかけて事実究明の取材をするのがマスコミの仕事ではないかと思いますが、そうした動きを自分は未だ見ていません。
乗っていた生徒の恐怖体験が徐々に出てきましたね。
ライフジャケットの着用指導や説明が先生や船長から一切なかった。
出向したら海保のボートが「波浪注意報が出ていますよ!!」とスピーカーで注意しているのに、海保とデットヒートするかのように船長は無言で猛スピードで逃げ出して、生徒は怖くて船べりにしがみついていたとの事。そのスピードをわざと体験させたくて船長は半笑だったようです。また、波は生徒の頭の高さより高く、上から覆いかぶさって来たようです。こんなに波高かったら、遊漁船も出ませんよ!! 学校も被害生徒の親に対して、月曜に事故が起こり、金曜日まで何も連絡が無かったようです。全てにおいて酷い対応ですね。これは完全に人災です。
いろんな情報が小出しに出てきますが、この事故に関わっていた
関係者(学校、運行団体)の杜撰と無責任な対応が批判的なコメント
に繋がっているように思います、そして多くのマスコミが報道を抑えて
いるように見えます、海保や警察が捜査を進めている中でこの
事故に関する経過報道はすることはちゃんとすべきだと思います
そして転覆して助かった船長は公の場でちゃんと謝罪をすべきです。
海に出るのに波浪注意報くらいは関係なく出るよ。
この時期はずっと出てるしってコメを見かけるんだけど、あんな小船では出ないですよね。
仕事で通船(あの船より大きい)使いますけど、有義波高で1m超えたら基本的にダメと言われます。
それに、波浪注意報が出てる時期にわざわざ行かなくても良いんですよ。
仕事ならしょうがない事もありますけど、あくまでも修学旅行ですよね。
平和学習の一環として何を「見せる」のかですけど、基地建設と海なら陸からでも良い。
サンゴを見たいのは平和学習なのでしょうか?
この部分は学校側も何故サンゴを見るのと平和学習が一緒なのか説明が欲しいですね。
そう言う季節ではないのでは?
釣り船だってもっと立派なのに。
池の貸しボートに毛が生えたレベルの船に修学旅行生を10人以上乗せるなんて。
現場の教師が中止の判断をすれば尊い命は失われなかった。
学校側が作った見学ルートでしょうから、現場の教師が事前にルート変更することは不可能だったでしょうが、当日の海の様子を見て、また大事な生徒を海に出すわけですから注意報・警報を事前に確認して乗船を中止する、ここが最後の砦でしたね。
土曜日のテレ朝の情報番組で、学校の説明会に出た父母の話として生徒の証言が出てたが、
「船長らから救命胴衣の着用指導は無かった」
「生徒の中にはチグハグに紐を結んでいるのがいた」
「他にも救命胴衣のために転覆船から逃れるのに苦労した生徒がいた」
などの発言が出たと報じられていたよ。
小さなボートを満席にして、ろくに安全注意も施さずにリーフの外の太平洋に出て行く船長や乗組員の感覚が問われるね。
また、学校の丸投げ体質も問われる。
辺野古の事件を見て感じたのは、抗議者の中には「平和活動=正義」という認識が強く、
その延長としての抗議行動も“正義の行使”だと信じ込んでしまっているのではないかということ。正義という名の剣が人を傷つけてきた歴史は数えきれず、辺野古の問題もまた“平和”が剣になってしまったように思います。
本来、平和は誰かを守るための盾であるはずなのに。
理念に深くのめり込むと視野が狭くなり、危険を危険として認識できなくなるのかもしれません。
今回の事件は、その危うさが現実の悲劇として表れてしまったように感じます。
もともと極端な思想を持つ人もいるでしょうし、事情があって参加している人もいるのだと思います。
だからこそ、今回の出来事を機に、抗議者の中からも活動のあり方や関わり方を見直す人が増えてほしいと感じます。
“平和”を掲げるなら、まず目の前の命と安全を守るという原点に立ち返る必要があると思います。
敢えて『事故』と言わずに『事件』と書くけど、この問題はヤフコメに限らず全てのメディアでもっと大きく取り上げなくてはならないと思うよ。
この事件に直接関係してる学校側や辺野古の抗議団体は、もちろんそうだけど、周りの政治団体や自治体等、さまざま問題部分の歪が、未来ある若者の命を奪ってしまった本当に痛ましい『事件』と思います。
二度とこんな事が起きないように、我々は、もっともっと深堀して検証しつくし、法整備も含めて対策を練らないといけない。
動画投稿サイトとかで実際の基地周辺で抗議活動している団体に注意している人の動画見ますが、辺野古基地移設反対派の大元は日本共産党や共産党系の主婦連合会が占めておりほとんどが意味もわからず僅かな日当もらって集まってくるおじいちゃんおばちゃんの集団で、移設基地工場現場のガードマンがこの集団の方に押し飛ばされてダンプカーに跳ねられて亡くなっている事故とかも少し前にありましたね。ここだけじゃなく全国各地で自衛隊の関連施設や子供達が通う小学校に押しかけて抗議活動しているこの団体はどうかと思う。
17歳で亡くなった女性徒は海のサンゴを見たいための参加だそうです。
本来の学校の平和教育が大人の都合の基地反対団体が運営者で政府の届け出や保険等も取れていなく、さらに引率者の先生乗船せずに、悪いことは重なることで事故が起きた。
知床の遊覧船事故の教訓と今回の無償であれ有償であれ厳格な形での遊覧送迎を沖縄では昨年から特に海の関連での死傷者事故が多発中です。最悪事故等を意識して最大限安全事項を厳守する事に重きをおいた業者の意識改革と行動が沖縄レジャーが楽しい思い出に残る旅を提供することで次回も参加してもらえる。
昔から大人の思想信条に子供を利用する行為は多々見られた。特に大学でそういった勧誘活動が頻繁に行われていたことは誰もが知っている。今回の事件は起きるべくして起きたこと。「我々が正義」と言わんばかりに違法行為、危険な行為を抗議の中で繰り返し起こしてきた。派手にやればやる程、活動のアピールになるからだ。今まで沖縄の抗議活動に興味の無かった人達には是非、この機会にいくつもの動画で確認していただきたい。報道が書いてこなかった悪事をこういった活動家たちがどれぐらいやってきたかを。
本事件で次々に明るみに出てくる驚愕の事実。
それらについて抗議団体側、同志社高校側それぞれ辿ると行きつくのは日本共産党。
日本共産党は、現状においても破防法に基づく調査対象団体に指定されています。
それを放置したがために今回女子高生が犠牲になり、先にも警備員が犠牲になった。
今こそ、破防法を適用し解散命令を発動すべきです。
運輸局に事業登録なし。
保険の加入もなし。
こうした船を普通に運用する市民団体に法令の遵守を言ったところで聞く耳もたないでしょうね。
船長は自業自得ですが、不運にも亡くなられた生徒さんには謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
この事件の続報がオールドメディアでは出てきませんが、先日の池袋ポケモンセンター事件は連日報道されています。事件の最重要人物である平和丸船長に関して人物像や名前すら報道されません。
無届の船を資金源に利用する活動家、それと宗教、思想信条で繋がり修学旅行で活動家体験を保護者に隠れて実施する高校、と統一教会の影響を遥かにしのぐ洗脳教育が長年にわたって行われているにもかかわらず無言を貫く事には不信感しかありません。
オールドメディアはこの辺野古の事件を積極的に解明しようとしない理由は何なんでしょうか?活動家のバックにいる団体や政党への忖度?それともキリスト教などの既存の宗教への配慮ですか?
このままいけばオールドメディアはさらに信頼を失い、新興のSNSやYouTubeの後塵を拝す事態は避けられないと思います。
本来なら船長が「安全に航行できる状態」を確認して船を出すのが一般的です。
これは「知床沖の遊覧船沈没事故」でも再三、「船長なのか、法人なのか」で問題となって、法人代表の社長が会見で船長の全責任のような言い分をして批判を浴びていました。
あちらの方は法人代表の責任も問うような状態となってます。
こちらの辺野古沖の転覆事故も構図としては非常に似ているように感じます。
「船長が出すと判断したから団体の責任ではない、だから自分達は悪くない」という感覚があの会見からも見て取れました。
船はこの団体の抗議活動に使用されていた船であり、船長も団体の所属員でした。
また「危険な抗議活動をさせるヘリ基地建設をしている人達が一番悪い」という感覚は、活動家に良く見られる特有の性質で、抗議活動の根拠だから主張するのです。
今回は高校についても安全配慮義務の責任は免れられないでしょう。
制度やマニュアルないのは、感度のせい:手続きを待つ受動性を捨てる
「制度がない」「マニュアルがない」という言い訳は、組織の肥大化に甘んじた無責任な結果論に過ぎない。この転覆事故が露呈させたのは、物理的な距離や役職にかかわらず、事態の異常を察知して即座に動くべき「人間の感度」の致命的な欠如。そもそも、マニュアルとは自動で生成されるものではない。
人間の感度が、マニュアル作りの必要性を作り出す。感度さえあれば、たとえ、離れていても、現場の危機を察知し、制度を先回りして的確な指示を出すことができる。管理の空白を構造のせいにする官僚主義を排し、個々の感度を組織統制の司令塔に据え直すべき。形式的な手続きを待つのではない。
亡くなった牧師の所属する宗教団体が、旧統一教会の解体にかなり積極的な声明を出していたと聞きます。違法行為を行う宗教団体は解体されるべきだという主張だ。さて、今回海保の調査にもよるが船を出した船長や所属団体は刑事告訴を受ける可能性がある。身の振り方を考えるべきではないかと思うね。
この人たち、すなわち共産党や社民党関係者や何かにつけて抗議やデモをする人たちは、自分たちの思いを遂げるためには、コンプライアンスも関係なく、なりふり構わず手段を選ばない傾向にある、と言うことだ。
他にもこの手の活動は溢れている。
一般人や子どもたちの命を守るためにも、規制強化を望む。
現実問題は引率がいなかったもそうですが逆に引率がいてもボートは転覆していたかもしれない、波が荒いから戻りましょうと引率の口から言えなかったら。
一番の問題はやっぱり波浪注意報が出ているのに、しかも海保に出るなって言われているのにも関わらず出航した船長と市民団体の責任は非常に大きい。
学校というと世間では、教師という頭の良い人間が管理するしっかりした組織だと思い込んでいるが、実はしっかりしているのは校内の管理上だけのことだけだ。
教師は学校外については世間知らずが多いので自分たちの関わらないことに対しては他人任せでスルーしがちな連中だ。
通常は修学旅行などは旅行会社に一任して、教師も生徒も企業からあてがわれたサービスに乗っかっていれば大きなトラブルは起こらない。
しかし今回はそういうルーティーンから逸脱しているにもかかわらず、平和=教育という建前だけで判断しただけで、実際のリスク管理や実務にはまるで想像すらしていなかったことが大きな問題だ。
つまり、教師という連中がいかに社会のリスクに対して脆弱な思考しか持たない者だということを露呈したことになる。
これは、まさにイジメにも対応出来ない能力不足と同じ事象なのだ。
この事件、最大の問題は学校、学校の旅行計画立案、決定者だと思うのだが、その批判が少ないように思う。
直接の問題は抗議船の船長であることは間違いない。
しかし、旅行会社を経ず、従って安全確認は学校側でしっかりすべきなのに、無登録の船に生徒を乗せる旅行計画なんてありえない。それに抗議団体など普通の集団でないことは周知の事実で、このような団体が常識のある(安全)行動を取ると期待する方が間違っている。
安全確認を行わずに生徒を死に至らしめたのだから、学校担当者は業務上過失致死で訴えられるべきだと思う。
これね、結果からするとどうして学校職員が船に同乗しなかったのか、となる。だけれども、例えば京都に修学旅行に行くと中学生ですら1日班員と自由行動(ただし、事前に担任や旅行業者と班のコースをチェックし時間に間に合うか、無理がないか、危険がないかの確認はする)というようなプランがある。と言う事はもう今後、職員が付き添えないような企画は不可能になると考えられます。なぜなら、タクシーで移動中にタクシーが交通事故に巻き込まれた場合、職員が直ちに対応できないからだ。さらにバスや電車にのって班で移動するなら良いのか?というと、バスが交通事故巻き込まれた、電車が交通事故に巻き込まれたときに対応出来ない。もう班別での自由行動の一切が出来ないことになる。
学校側に業者選択等も含めて色々あった事は間違いないが、事故の責任については、普通に考えると船長の責任では無いかと私には思えてしまった。
子供への洗脳教育を船長に任せていることを教師は知らないと言う言い訳のために教員が乗船しなかったのでは?更に注意報が出ていたので自分が怖かったので乗船しなかったのでは?残っている子供達を引率すると言う言い訳は2名がいたので無理があります。環境活動家は法律を守るつもりはなく有名な絵にペンキをかけたりしますよね。自分達の主張を通すためなら何でもします。活動家になる入口なのでそんな教育をする学校に子供を預けて本当に大丈夫ですか?教師達に何人の活動家がいるのかな?何故船に乗る平和活動が始まったのかを発表する義務がありますよ。まさか全て分からないと言いませんよね?
オールダメディアがどんどんこの件に触れなくなっている。何に忖度している?そして関係者の逮捕は?逃亡や証拠隠滅の恐れはないのか。何せ相手は反政府的な抗議活動家。公権に対し協力的と考えるのは早計で、しかも平和丸の船長はデイリー新潮の記事を見る限り事件後の情緒が安定しているとは言い難い。手を拱いている場合ではない。国政政党も含めて広く強制捜査が求められる事案
今回の転覆事故についてはっきりしてきたことは、辺野古沖米軍基地反対のためのなりふり構わない抗議団体の思惑がすべての原因です。
どうしても高校生を抗議船に乗せて基地の建設現場を見せることが重要だったのです。
生徒と教員を同乗させるわけにはいきません。もし平和教育という名の抗議活動ととらえかねない行動をメディアで紹介され生徒と教員が抗議船に同乗していたらどうなりますか。父兄や世間は学校や教師に参加させた理由や責任を問うでしょう。
生徒が率先して選んだ平和学習にしなくてはいけなのです。
生徒への説明は沖縄の美しい海を見るクルージングだったそうで、当日には抗議活動を船からの見学に変わったそうです。
現地到着後には抗議に使われる船に乗って建設中の基地の見学に変わったそうです。
何故、無許可の抗議船に乗って米軍基地の建設現場見学と言えなかったのでしょうか
辺野古の住民からは頻繁に他の高校生も来ていたという証言が出ています
ボートの危険性と同様に、親も知らないうちに自分の子供が反戦平和の活動家になる思想教育を受けていた事を深刻に報道してほしいですし、他の学校同じような思想教育が行われていたのですか親も心配でしょうから今まで参加した学校をを調べて公開してほしいです
沖縄県外の方々には純粋に平和を願う活動をしている団体…と疑うことなく理解されている方がいらっしゃると思いますが、全くそうではありません。政治、思惑、思想いろんな要素が絡み合い、平和と名付けてなければ単なる無法者たちの集団だと誰の目から見ても明らかな団体です。今後の報道でこれまでの活動内容であったりその実態を理解されて欲しいです
授業料無償化が決まって公金、税金から私立の学校法人にもお金が入るようになってこうした教育と宗教を絡めて長年やっているだろう学校にも公金が入るなら、経営や教育状況を国が査察、管理する必要があると思います。亡くなった高校生はどういう状況だったのか?いつもならこうした事件は世の人々の関心を集めるのでマスメディアは連日のように情報番組などで長い時間かけて扱うと思いますが、不思議なことに今回はどうしたのでしょうかね。
どうしても海上から見せたいのなら、漁協にお願いして、釣りの乗り合い船をチャーターすれば、よかったですね
乗り合い船はしょっちゅう客を乗せて出航してるので、安全についての意識は高いと思います
ちょっと関係ないけど、昔、家族とみかん狩りに行った時、集合場所からみかん畑までそこの農家の軽トラックの荷台に乗せられて山道を登った。危ないと思ったが田舎だからか?とやり過ごしたけど、あれって今思えば違法なんじゃないかなと思いました。多分許可とかないし法律的に荷台に人が乗るのってダメですよね。ちなみにみかんはさほど実ってなくて固くてさほど美味しくもなく料金はかなり取られた記憶がある。
辺野古のそういう船も、そこの人たちだけで勝手にやってる無法地帯の事業なのでは。他の海でも届け出なしとかけっこうあるんじゃないかな。海に住む人たちにとっては船は日常の乗り物?って感じで特に田舎とか僻地では法律とか免許、資格とか無視してそう。3年前の北海道の知床遊覧船沈没事故もあるし、船長の判断に任せるだけでなく天気悪い時の判断ミスや違反時の罰則強化など国で取り締まりを厳格化をしてほしい。
平和運動という名の極左の政治活動に未成年を参加させる見識を疑う。
全てはそこから始まっている。
法的な観点で色々な意見が飛び交っているが、公安に目をつけられている政治結社と結び付きが強い団体が法令遵守に対する意識がどうなのか言うまでもないだろう。
亡くなった未成年の2人のご冥福をお祈りいたします。
海上妨害行為や街宣車での演説など活動家の人達のエネルギーは目的の為には手段を選ばないのではなかろうか。そのすべてを否定するのは権利の自由から出来ないにしても、活動家に身を任せる修学旅行というものが存在することに驚きを隠せない。せめて指導教員が同席するなどしていれば危険な状況、天候不順などで強行することは防げたかも知れない。自由過ぎる校風の同志社国際の判断に問題がなかったかは疑問が残る。
事故を起こして人が亡くなったって事もそうなんだけどそれ以上に、学校が抗議活動に参加していたってのが大問題なんだよ。事故の究明より先に何でこの学校は抗議活動をしていたのか追及した方が良い。しかも沖縄の学校じゃ無くて本土の学校だよ学校と沖縄との関係や知事との関係や抗議団体との関係、私立とは言えあり得ないでしょう。
引率教員が乗らなかったのはこの船に乗りたくなかったからでしょう。恐らく直感的に。ただその時、船長なり船の関係者に安全性を確認したのか聞きたい。関係ないですが30年以上前、慰安旅行で宮城県か岩手県かの漁師さん民宿に宿泊。早朝同僚4〜5人漁船に同乗で漁を体験。あの時にも登録等の法があったのかな

