ウクライナ侵攻や中東情勢などを背景に、芸能人の間で戦争反対を表明する動きが広がっている。
俳優の星田英利さんは「戦争反対は思想でもなんでもなく、正常な個体が発する鳴き声」と反論。
ギタリストのSUGIZOさんは「日本は戦争被爆国として平和を訴える立場にあり、戦争ができる国に戻してはいけない」と訴えた。
歌手・小泉今日子さんも番組で「世界中の戦争が早く終わりますように」とコメント。
SNSでは、こうした著名人の発信を支持し、さらに多くの芸能人に反対を訴えてほしいという声も上がっている。
引用元: https://news.yahoo.co.jp/articles/4069799758c04aba35d78d8ca69543672ce06b06
みんなの意見
戦争も、盗難も、強盗も、殺人も全部反対なのよ。
でも全部やる奴はいる。
国内の治安維持のために警察という実力組織を整備して、裁判所という少なくても形式的には公平な裁く機会を設けてこれを維持してる。
なら体外的に生じる戦争は?
どうやって抑止する?どうやって被害に遭った時には守られるんだ?
それをセットで話しないと、その理想は達成されない。
強盗に遭わないように、防犯をしっかりやりましょう、本当に被害に遭う可能性が高まったというのが、今の状況だと思う。目の前に、定期的にミサイルを撃つ奴もいれば、領海侵犯を繰り返す輩もいる。
国際法違反とか言っても通用しない。なんせ、違反の常習者であり、何の罰則もなければ、常任理事国なら拒否権を発動出来る。
常に不測の事態に対応するなら、日本でも武器を製造出来るようにすべきだし、その環境構築の為にも、武器輸出をする事も必要。
抑止力を向上させないと、いけなくしているのは、日本政府の責任ではなく、周辺の独裁国家であり、話せば分かるなんて、そんな相手でもない。
ベトナム戦争で反戦を言っていた時代とは違うし、冷戦後の遠く離れた戦争に反戦を言っていた時代とは違う。日本として、国際秩序の維持、と、目の前の中国との軍事バランスの維持、という事を両立し、極東で戦争を起こさせてはならないという難しい舵取りをしている。反戦を言うのはいいけど、昔のような単純な話ではなくなっているので、国際情勢と日本にあるものとできること知って、平和を維持するには何が必要か考えないと、絵空事になってしまう。戦争反対はいいけど、もっと知って考えましょう。
主張内容はその通りとして、では交戦状態を避けるための手段をどう考えているのでしょうか?問題はそこです。私は自衛隊にきちんとした装備を与えて待遇を改善する、相手が仕掛けてきたら反撃でき、ただでは済まないことを演習や訓練を通じて知らしめ、その上で外交により取引を行って相手も自分もぼちぼちやっていけるようにする、以外ないと思いますが、SUGIZO氏や星田氏はどうお考えですか?
安全保障とはまず相手が仕掛けてきたら殴り返せることが大前提です。相互理解はその先であり、さらに相互理解ができたとしても利害関係の不一致は生じうるということを理解しての主張なら賛同します。そうでないなら世迷言に過ぎません。
具体性が無いのが批判される原因だろう。
あと、皆んな大前提として戦争反対なのに、それをあえて言葉にすることによって、戦争賛成という人達がいるように見える行動をしているのも批判される一因だろう。
芸能人だろうと自分の考えを主張すれば良いと思う。
ただ、一般人以上に影響が大きく、批判や反論にさらされることを覚悟する必要がある。
なんか芸能人の自分の意見に反論するなという雰囲気を出しているのも批判される要因な気がする。
戦争反対です。
しかし残念ながら日本に戦争を仕掛けようとしている隣国がいくつもある。この現実を見て見ぬフリする人には共感できません。
戦争に巻き込まれないよう、抑止力として核を持つ必要がある。
これを主張するだけで「戦争反対に反対している」と決めつけるロジックに問題があります。
戦争反対、核兵器を無くそう。
とっても大切で必要。
必要なくなるのは無くなってから。
問題なのは戦争反対と言いながら、ミサイル警報が出された時の為の非難訓練をする学校のまわりで大声でプラカードを掲げて反対活動するのは間違いだと思います。
核兵器は無くしたい。だけど通常の兵器とは違うと考えたり主張する考えに理解出来ない。
核兵器で亡くなった方と、通常平均で亡くなった方、どう区別するのだろうか。
核兵器でも、通常兵器でも、刀でも、拳でも亡くなった方にとっとては同じ、人の命が亡くなることに手段は関係ない。
戦争反対=武力放棄では無いのを前提に考えないと。私の親はイジメに遭わない様その他諸々考えタイ式のボクシングジムに私を幼少期から入会させました。強い選手にはなりませんでしたがイジメには遭いませんでした。強いと思う相手に対しては周りは喧嘩をあまり売ってはきません。厄介な相手と思わせる武力を保持し自分から仕向けない様、平和教育を徹底した国にして行けば良いと思う。
結局戦争に対してほぼみんな反対っていうのはあっていて反対に対す方法論が結構みんな違っていてそこが激しい議論にずっとなっている世の中というのが前提としてある
そんな世の中で「私戦争反対です」ってだけ言われてもねっていうのがある
方法論が「私戦争反対です」ってただただ叫び続けて世に浸透させていくっていうことなのかな?って思うと具体的な方法論を支持している人からは意見が来ることもあるだろう
戦争に反対するという考え自体は、多くの人にとって当然の前提だと思います。
しかし本質は、戦争をどうすれば無くせるのかという現実的な議論にあります。
日本国内でも犯罪は発生しており、それを抑止するために法律や死刑制度、警察の武装が認められています。
この点を考えると、国家間における武力による抑止と全く無関係とは言い切れません。
理想だけで平和を語るのではなく、現実に起きている国際情勢と向き合う必要があります。
侵略の可能性がある中で、無防備でいることが本当に平和につながるのかは慎重に考えるべきです。
だからこそ核抑止も含め、多様な視点から議論を深めることが重要だと思います。
極論に流れて思考を止めるのではなく、現実と理想の両面から考え続ける姿勢こそが大切です。
一部のイスラム教徒も一部のキリスト教徒も異教徒と戦うのは戦争でなく聖戦だと思ってる節があってなので戦争は世界から無くならないのだと思う。今回のイラン戦争も何千年も続くキリスト教とアラブ人とペルシャ人の中東の問題だから日本人には理解出来ない。自分は戦争に巻き込まれたくないから反対だが現地の民族問題からの戦争に反対とも言いにくい現実はあると思う。
戦争反対は当たり前で、その通りに行くかが問題でどうしたらいいのでしょう。平和的であることが理想ですが、ロシア、北朝鮮は軍事行動しています。北方領土もロシアがいますし、例えば台湾有事に台湾/アメリカ/日本と中国となった場合、北方領土のロシアが侵攻してくる可能性もある。第二次世界大戦の負け確の終盤にロシアが北方領土侵攻したように、今後も警戒が必要だと思います。
平和は理想ですが、実際に戦争は起こるものとして考えてしまうのは歴史をみても当然と思ってしまいます。実際に起きたらどうするか考えたら防衛、抑止力が必要と考えてしまいす。
戦争反対と叫ぶこと自体は思想でも何でもない。核兵器廃絶もそうだが、「殺人反対!」と言ってるのと一緒でそりゃそうでしょと思うのと同時に、あえて当たり前のことを叫ぶことに違和感を感じたりウラがあるのでは?と疑念を持たれているのが、批判につながっているのでは。
犯罪や事故を語るときにそれが悪いかどうかではなく、なぜ起こったのか、防ぐにはどうすればいいのかを語るように、戦争についてもそこを語らない限りきな臭い匂いを感じるのは普通の感覚だと思います。
殺人反対 窃盗反対と同じ意味合いですね。他の方も書かれているように多数は戦争反対だと思います。犯罪を防ぐために警察があるように戦争を起こさないために防衛力があると思います。戦争するくらいなら一方的に攻撃されて滅んで構わない、家族が危害を受けても構わないという️は多いんですかね?色んな考え方はあると思いますが、現実的に戦争を起こさない仕組みだったり方法を考えていきたいですね。「話し合い」で解決もいいんですが、どんな「話し合い」で解決させるのかも示してほしいです。「お互い納得いくまで」とか「じっくり膝を突き合わせて」などはうんざりです。
戦争反対なんて当たり前で誰が戦争したいなんて思うのか。
それが政府に対して言ってるのか今現在戦争仕掛けてる国に言ってるのかでしょ。
もし仕掛けられた時、アメリカが基地を引き上げた時、防御できるだけの力は持ってないと日本は終わる。
未来の子ども達の為に他国からの侵略を守れる力は備えて欲しい。
例え話として、「戦争反対」と「虫刺され反対」を同時に語る。戦争は大多数の人が嫌だと思います。そして、虫に刺されることも大多数の人が嫌だと思います。大多数の人は虫に刺されるのは嫌だから蚊取り線香や防虫剤を使って虫を寄せ付けないようにする。万が一刺されそうになったら手で払うなりして虫を避けるよう対策する。それは痒くなったり痛くなったりするのを防ぐため。「戦争が起こりませんように」と願うのは日本人の大部分が思うこと。ただ、「虫に刺されませんように」とだけ願って真夏の夕方に草の生い茂った庭に座ってても不快な思いするだけ。物事なんでもそうですが、何の対策もしなければ痛い目みるものなのです。「戦争反対」をわざわざ声高に言う人って、受験勉強を一切せず「受かりますように」や、商売で何の仕掛けも準備もせず「売れますように」と言ってるのと同じだと思います。戦争反対なら対策しないといけない。
何処をどう捉えると戦争に日本が行くのだろうか? 戦争反対は誰もが共有している事ではあるが、沖縄近海を領海侵犯している国の事は声高に言う芸人は少ないのにだ。先ずは日本が直面している事実を見詰め直して、取るべき発言、行動を考えて欲しい。よもや話合いで解決出来るというお花畑理論を振りかざすならば、先ずは実践してみて欲しい。
戦争なんて嫌ですし、自分の存命中に自国が戦争に巻き込まれないでほしいと切に望みます。でも、恒久的な平和なんてものは人類史上ありません。日本も再び戦争に突入する日はいつか必ずきます。どれだけ反対しようが来るんです。相手のあることですから。
だからたんに戦争反対だけで終わることなく、やむなく戦争となったら可能な限り短期間で犠牲を少なく終わらせるにはどうすればよいか、戦争がズルズル続くのはどういう場合か、最悪でも自国民の犠牲を最小にするにはどうすればよいか、などを国際情勢を鑑みて検討することは重要でしょう。それでこそ、開戦を避けるにはどうすれば良いかも具体策が出てくるものです。戦史から学べるはずです。戦争には反対の一択のみ、というのは基本的には同意ですが、異論を受け付けない視野狭窄さに危険性も感じてしまいますね。対話との正反対ですし。
日本人に対して「戦争反対です」と訴えるより、日本の領空や領海を侵犯したり、領土を実効支配したり、軍隊を持たず専守防衛しかできない日本を常日頃から脅かしている国に対して「戦争反対です」と訴える方が、より共感を得られるのではないでしょうか。
対話で「戦争反対です」といくら訴えても、通じない国が現実に存在するのが問題であり、そうした対話が通じない相手に対し、日本人としてどのように日本を戦争から守っていくか考える必要があります。
日本を守っていくために防衛力を高めたり、核保有の是非について語ることも憚られ、同じ戦争反対派でありながら、まるで戦争を肯定しているかのようにミスリードされることに共感が得られないのです。
日本に住んでいる日本人は、芸能人の方々が「戦争反対です」と訴えるまでもなく、ほとんどの人が「戦争反対です」と答えますし、決してそこに関して共感が得られていないのではございません。
だれも戦争反対に対して文句は言ってない
戦争反対と言いながら具体的な意見を言わないことに文句を言ってるんだと思う。
例えば何の防犯対策も鍵すら閉めずに泥棒に入られたら、多くの人は不用心だからというと思います。
それと同じで、戦争を回避するためにはどうしたらいいのかが一番大事だと思います。
戦争反対と言う声にいつも疑問を持っている。日本人の誰もが戦争など望むことはない。だが侵攻されたらどうする?侵攻も戦争の勃発も日本人の願いや訴えだけで止められるものではない。核の廃絶などできないのと同じだ。また専守防衛って何なのって疑問を持っている。殺されたらあの世から反撃しろとでも?戦争反対は非常に望むが、侵攻された時には何も後悔できる状況に置かれない。やはり日本と戦争すれば自国に多大な被害を被ると思わせるような抑止力を持ってこそ戦争反対の訴えが生きるものと思う。
声を上げるまでもなく地球に住む殆どの人が戦争には反対してると思う。今現在戦争をしている国のトップですら根本はそうかもしれない、やむなき理由があれば仕方ないとは言わないけど話し合いで平和的に解決出来ない時に起こるのが戦争。
大事なのは戦争反対と声を上げる事ではなく現実的に「巻き込まれないようにどうするか」と「巻き込まれた場合にどうするか」を議論する事。戦争反対と叫ぶ人ほどこの議論と正面から向き合わない印象がある
戦争反対と言うのはごもっともだが、では戦争を仕掛けないとしても逆に仕掛けられた時の事も同時に考えておく必要がある。
日本を守るというのは戦争しないということではなく、戦争を仕掛けられないという体制を整えておくことで成立する。
だからこそ防衛予算が組まれ日本を物理的に守れるようにしているだけ。
戦争をしかけないというのは身近な例で言えば、喧嘩を吹っ掛けないというのと同じで、相手から一方的に殴り掛かってくるような場合、何もせず殴られ続けているのか、相手から自衛するために何らかの対応や対策をするかの違いは大きい。
感情に訴える『戦争反対』は、安全な国内で共感を集めるためのツールとしては優秀かもしれません。しかし、日本の平和が保たれてきたのは、決して誰かの叫びのおかげではなく、日米同盟をはじめとするパワーバランスが機能していたからです。中国の軍備増強という実在する脅威を前にして、何の具体策も持たず『反対』とだけ唱えるのは、火事の現場で『火に反対』と言っているのと変わりません。本当にこの国を守りたいなら、空疎な言葉を並べる前に、いかにして戦争を『させない』ための現実的な力を持つかを論じるべきです。
戦争反対なのは普通に当たり前。ただそこで思考停止になったら意味ない。現実防衛の為に自衛隊があるのだし、飛んでくるミサイルを撃ち落とす能力、この先ドローン技術の研鑽も重要と思う。
この主張の最大の欠陥は「戦争賛成・侵略賛成」の国からの戦争行為に対して
故意に目を背けていること。ウクライナに対してはどう主張するのだろう。
因みにロシアもアメリカもイランも北朝鮮も、ほぼ全ての国の本音は
「戦争反対」ではなく「敗戦反対」です。
だから発生した侵略に負けない為には「戦争賛成」になり
ある国は勝てると思ったら積極的に「戦争賛成」になります。
「戦争賛成」なのは、その戦争によって利益を得られる一部の人だけで、ほとんどの人は「戦争反対」だと思います。しかし戦争当事国ではない他国の世論によって戦争が終結した事例をわたしは寡聞にして知りません。どなたかそんな事例があれば教えてください。かつて、ドイツ帝国宰相ビスマルク は、日本の岩倉使節団に「国際法は、個々の法的秩序の維持を目的としています。しかしながら、ある大国が他国と衝突すれば、もし自国に有利であるという前提があれば国際法に従って対処するものの、そうでない場合は国際法を無視して軍事力に任せて自国の要求を主張するでしょう」と助言しました。現実の世界はビスマルクの当時と何ら変わっていません。「戦争反対」と唱える念仏平和主義では戦争を回避出来ません。当然回避のための備えが必要です。「戦争反対」プラス「戦争回避のための備えが必要」ということも主張すれば共感も広がると思います。
戦争に反対はほぼ全員が賛成。
ただ軍事力を持つことに反対となると、それは違うと思う。日本以外のほぼすべての国は軍隊を肯定している。彼らは戦争に賛成なのかというとそうじゃないだろう。世界中で戦争が起きている。守るためには、抑止するためにも軍事力が必要というのが現実でしょう。それぐらい誰でも分かるはず。
互いに剣を振りかぶって、今にも斬りかかろうとして動きが取れない状況を、平和とは呼ばない。
平和は、互いに剣を下ろして、更に剣を捨てて実現する。日本は自ら戦力の不保持、交戦権の否定を誓うだけでなく、世界が同じように誓うべく行動していかなければならない。
で、誰が戦争賛成なの?誰が開戦やも無しと言っているの?戦争反対と叫んでいれば戦争しなくていい世の中では無いと思います。戦争には相手がいて戦争反対ならその相手にも同じ様に反対と叫ばないといけない。国内で内弁慶的にさけんでいても相手に利用されるだけだと思います。日本は戦争をしない。しかし戦争を仕掛けてくる国があればしっかりと反撃する。その備えは絶対に必要だと思います。
最近まで、軍事力、すなわちミサイルなどは抑止力になると信じられてきたが、実際には何の抑止にもなっていない。あれだけミサイルの撃ち合いを見せつけられてなお、ミサイルだ、軍事力だ、しか出てこないコメントには、何を見ているのだろうかと思う。大事なのは国際法、それを守ること。さらに平時から価値観の違う国とも意思疎通と外交努力を怠らないこと。そして最も重要なのは、国際法を軽視、無視するような政治家を選ばない、また権力の座につかせないことだろう。
芸能人の「戦争反対」、自由かつ積極的に発信してくれ!
「戦争反対だからこそ軍拡して抑止力を」という意見が多く見られます。本当に軍拡が抑止力になるのか。そして、軍拡合戦になったときに、その軍備を使って戦争を起こそうという為政者が出現したり民衆の熱狂で戦争に踏み切らないかということをよく考えてほしいです。
また、日本みたいに資源のない国、領土的な因縁がない国に、国際的な非難やゲリラ的な抵抗を受けてまで攻め込もうとする国があるか、というもよく考え見るとよいでしょう。
犯罪がおきてしまうことに対して交番を建てて
お巡りさんにパトロールしてもらうことで平和な日本が成り立っています
国際ルールさえ守られれば世界中が仲良くできるんですが我が国に玄関のノブを四六時中ガチャガチャやってくる大国が何十年と日本を悩ませています
それを守ってくれる人はもちろんいない。
そしてとうとう2026年に中国が軍艦で沖縄近海に軍艦で大挙し空自に戦争になりかねないレーダー照射してきたわけです
で、それに対して具体的に日本が考えなきゃいけない段階にきてるからちゃんと起きた現実に即して考えようよ…
今回の事案で最も重要なのは、「憲法9条が現実的な抑止力として機能した」という点ではないでしょうか。
高市首相が自衛隊の派兵を断念せざるを得なかったのは、憲法による法的制約があったからこそと言えます。これがなければアメリカの要請で大義のない戦いに自衛隊が駆り出されていた可能性があり、背筋が凍る思いです。
自民党は、9条改正によってこの歯止めがどう変わるのか、有事の際に国民や自衛官の身をどう守るのか、具体的かつ誠実な説明を尽くすべきです。
賛成しないと反対は違う気がする。例えばウクライナなら隣国の侵略は許せないし、イランなら原油高が生活を直撃してる。テレビなんかで街が壊された映像や亡くなった人の情報を聞けば心が痛む。でも知らないところで起きてる紛争や内戦や弾圧の方が多くの犠牲者が出てると思う。そう考えると戦争自体を反対してるんじゃなくて、自分の生活に対する影響度合いで反対の熱量が変わるんじゃないだろうか。いろんな国の方と仕事をしてる芸能人なら戦争反対かもしれないけど、日本人しか知り合いのいない自分にとっては戦争自体は賛成しないくらい。自分が被害を被ることには反対で、たまたまそれが戦争なら反対するだけ。
日本人で戦争に賛成するような人は居ないと思いますよ。
戦争にはもちろん反対です。
で、今の平和を維持する為に、隣近所があのような国で、どうやって自立していくんでしょうか?
と言う意見に対して 「戦争反対に反対された!」を言う事を発言するから、おかしな事になるんですよ。
もう少しだけ、予想外の意見に対して、冷静に考えてみたら良いと思いますけどね。
戦争反対。この言葉、素晴らしいが現実問題其れを発して解決出来る世界ではない。性善説でどうにかもならない。残念ながら人は鉄砲、刀、あらゆる武器で簡単に命を落としてしまう。情で解決はしない、自身ではなく自身が大切にするものを守る為、生きる為、自衛かつ戦う決意、準備は必要です。
戦争賛成の人教えてほしい。戦争は個人の意見や感情で止まるものではない事を理解してるのか?ウクライナの人達が戦争反対のデモ行進してロシアが侵攻止めるのか?侵攻する国から自国や国民を護る為に戦ってるんじゃないのか?日本は憲法9条があるから本土防衛もおろそかになるの分からないのか?9条改定が直ぐ戦争と叫ぶ人ほど国防意識が低いと思う。侵攻されない為に強い日本でいなければならない。
大半の人間は戦争なんぞ反対だろ
それでも戦争を起こす人間達がいる事も事実
なので思想の差の善悪ではなく、なぜ起こるのか根源を見る必要あるだろ、反対と声にあげる事は大事、ただそれでも戦争は終わってない
じゃ反対という価値観を押し付けるだけでは難しいということ
一万年も続いた縄文時代は狩猟をベースに生きており、季節共に移動してきた為、土地に縛られる事はなく、また所有する概念がなかった(希薄)ので、権力という概念もなかった。一神教でもなく、自然の中に様々な神々がいる、という考えも生まれている
しかし稲作によって定住する事になり、縄張りいう意識が生まれ、権力、富が出てくる、そうなると争いが生まれる、世界では一つの神を崇めるキリスト、イスラム教などが世界で発展して行く事で、信仰の価値観の差が生まれまたそれと争いのタネになる、これは必然的な結果であった訳で、でも縄文には戻れない
さてどうする
いつの時代も、戦争反対は、共感を得やすいので、有名人は、声をあげるが、戦争反対は、誰でも思っていることで、もう少し深く考える必要があると思います。自民党だって、戦争をしたい訳ではありません。反戦運動をすることで、ドコが、誰が利するのか、俯瞰で世界を見ることが大切です。
戦争反対はほぼ全員が思っている。
だから普通の日本人はレーダー照射したり戦闘機を飛ばしてくる国を非難する。
平和の名の下に先ずは領海や領空侵犯してくる目の前の国を非難してみたらどうですか。
戦争反対と叫びながら相手を非難せずに安全な日本だけ非難していると指摘され続けているのに、そんな簡単な事すら目を背けてやらないのなら、どう考えてもおかしいですよね。
日本の防御する手足すら縛る行為をするのは、戦争反対を武器に日本を弱体化させる勢力の支援が何処からか入っているとしか思えない。
戦争反対と一言では言ってもその手段は無数にある
圧倒的な武力を持つやり方もあれば武力を完全放棄するやり方もある
むしろ戦争に反対するからこそ起きてしまう戦争もあるのだという事も覚えておく必要がある
もしジョン・レノンをロールモデルにしているのであれば、ビートルズ時代に発表した「レボリューション」という曲の歌詞を読んで下さい。
当時既に小野洋子と出会っていたはずですが、「愛と平和のジョン・レノン」という一般的なイメージとはかなり異なります。
それと、遠藤ミチロウはウッドストック・愛と平和の祭典というドキュメンタリー映画を観た翌日に、それまで長く伸ばしていた髪をばっさり切ったそうです。
戦争反対と声をあげることは何ら問題なく、むしろ人として当然のことだと思います
問題は、その声をあげる芸能人の一部がやり方を間違えていることです
ここ最近で言えば、実際に戦争を世界中に振りまいているアメリカとロシアや、実際に攻め込むところまではいかないが他国の領空・領土・領海を侵す中国、世界から反対の声が届いているのに全て無視して核開発を行い定期的に日本海へミサイルを発射する北朝鮮
これらのような”戦争を実際に起こす、或いは、極めて戦争行為に発展する危険性の高い作戦をし続ける”国々に対して戦争反対の声をあげるのが正着なのですが、なぜか日本国に対して戦争反対を訴えるから問題となっております
中には日本から攻め込むかの如く喚き散らすものまでいる始末
戦争は、それを引き起こす元凶が全て悪い
そこの見極めが出来ないうちは、あまりお気持ち表明はしない方がいいかもしれませんね
国際法すら現代は軽んじられる始末です。何せ国連理事国が国際法に抵触するような行動をとってる。当事国は「軍事行動ではない」と言いつつも、対外的には軍事行動のように見える。
そのような世相で「戦争反対だ!」と言っても「それは分かるけど、じゃぁ迫りくる危機に対してどう対応するわけ?」と質問してちゃんと返せる方法論をお持ちなのだろうか?
毎日のように領海/領空侵犯は起きていて、自衛隊は毎日のようにスクランブルかけてます。北の方にはどんどん大陸弾道弾の実験を繰り返している国はいるし、竹島、北方四島など日本には火種がいっぱいくすぶってる。まさか全部「それ全部差し上げるので勘弁してくれ」と言うわけではないですよね。
それこそどちらが戦争しようとしているのか。
戦争反対を唱えて周囲から同調してもらい、国連も巻き込んで国同士の監視を強化していた時代はもう過ぎました。
芸能人は概念的に感情論でアピールしてるだけ。
国防を論じる政治において、戦争しないと宣言するだけで終わる話ではなく、起きてしまったときにどう対応するかを整備しておく必要があって、その途上の話すらできないのが日本。
反戦で終始しなければ批判が生まれて議論がストップする。
反戦の想いなど日本人なら大方の人は持ち合わせている。
だが、この世界情勢にあって攻め込まれない保証などないし、明日それが起きてもおかしくない状況では一刻も早く国債で防衛費を増額して備えていかないと間に合わないし、経済安全保障の面からも世界から遅れ物価高に苦しむ構図からも抜け出せず経済成長出来ずに埋没していく。
ウクライナだってイランだって戦争なんてしたくなかった筈だよ。戦争したいと思う人間は居ないでしょう。だが戦争せざる得ない場合が多いのが現実。確かに日米同盟は他国からみたら脅威だが、それでも核配備を含め検討しないといけない
多くがそう考えるのは当たり前ですね。
ただ人間は利己的な部分もあり、自分たちがその戦争の危険に晒されるぐらいなら、圧倒的武力で他国を叩いて、自分たちの安全を盤 守りたいというのも分からなくもない。
家族がいる場合は特に、その家族を失うリスクを考えると忖度なしで外国のあるいは他人の家族が失われる方が全然良いとすら思える。
何が言いたいかと言うと現実的な話が出来ないうちは、全く戦争反対や平和などの綺麗事は響かないということです。
人間は現在は地球の頂点に立っています、これは他の生物を滅ぼして手に入れた物で戦いが無ければ今の地位には付いてなかったでしょう。
人間のDNAには敵を滅ぼすと言うのが刷り込まれてるんでしょう。
交戦的でない人類は今の地位にはいないし、交戦的な部分を消すのは無理だな。
戦うのが人間の本質だと思うが。
戦争反対は単純に言えば皆そうたが、大まかに不平等や隷属・蹂躙・虐殺があっても何があっても反対だと言う筋金入りのM様と不平等や隷属・蹂躙や虐殺は嫌だという一群の二つに分かれると思う。 前者はごく少数で殆どが後者だ。 後者の中には、自分達が悪意のある行動を取らなければ相手から攻められる事など無いという究極の性善説に立つ。憲法第九条堅持派に多い。だが、香港騒乱やウクライナ戦争により現代の若者達の支持は低く多くは高齢者だ。 一方前者は、自分達も自ら守る力・自衛の為の戦力を持た無ければその事自体が戦争を誘発する不安定要因と成り得るとの立場を示す者が多くの世界の殆ど全ての国の人々はその立場をとる。 さぁ芸能人の方々、あなた達は戦争反対は良いとしてどの立場を取りますか?

