校則は変えられる!生徒の権利を尊重する新常識

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「校則」は生徒を縛るものというイメージが強いが、生徒の権利を明記することで緩和できる。元高校校長である川田公長氏は、生徒が職員室に入る際の理不尽なルールに憤慨し、校則を一部緩和した経験を持つ。生徒が職員室に入る際、教員に名前を呼ばないと入れないというルールがあったが、教員が意図的に無視する場面に遭遇。「学校は社会の理不尽さに耐える勉強の場」という意見に対し、川田氏は「教師が偉そうにしたいだけ」と反論し、生徒の選択肢を増やす校則改正の重要性を説いている。

引用元: https://news.yahoo.co.jp/articles/c68a507c9b075e9c58cc5001251b5186a6d08167

みんなの意見

001 名前:NoName
生徒に返事をしないのは、教師に問題があるし、周りの教員もおかしい。管理職は、まず対応がおかしな教員の指導をするべきです。
児童生徒に校則を守らせる指導をすることは、さまざまなな立場からものごとを考えられる人を育て、持続可能な社会をつくるために必要なことです。
002 名前:NoName
子供は早く大人になりたい時期があります。それは大人からの制限を受けることなく自らの意思で自分の行動を決めたいから。小学生ですらその自立心は旺盛です。そして「大人」の見本は家族と教師がもっとも身近です。子供は身近な大人の言葉や行動を見て「これは許される」「これはダメ」「こうすれば回避出来る」あらゆる社会性を吸収します。お話のような教師を見れば「自己都合での無視は人に指摘されるまで許される」という経験を得てしまうでしょうね。
003 名前:NoName
まず、大人はこどもたちを一人の人間として尊重すること。その上で、真心で「人としての生き方」を語り伝えること。さらにこどもの声にも耳を傾けて共に考える人間関係を大切にすること。

「次代を担う人間を育む」という責任を大人たちが胸に刻んでこどもたちに接し、教え導くこと。特に、教育に従事する者一人ひとりは、この崇高なる命題を日々の教育活動のなかで精励していくことを忘れてはならない。いかなる国であろうと、こどもは国の将来を、そして世界を担う宝である。どのような教育を為すべきか真剣に問い続けなければならない。

004 名前:NoName
私も中学時代、職員室で声をかけた先生本人から「いませーん」と小馬鹿にした返答をされたことがあります。これは教育の場において、生徒を一人の人間として尊重していない姿勢の表れでしょう。一方で、振り返ってみれば小学校の恩師たちは、社会性に富んだ尊敬できる方ばかりでした。常に保護者や地域住民の目にさらされ、対人スキルを磨かざるを得ない環境が、その人格を形成していたのかもしれません。結局のところ、どの組織に属していても「最後はその人の人間性次第」というのは、どの社会でも共通することなのだと痛感します。
005 名前:NoName
「学校は社会の理不尽さに耐えるための勉強をする場でもある」

この方の仰る通り、こんなものは教師が自分たちの都合を子どもたちに押しつけているのであって、権威の濫用以外の何物でもない。大人は子どもにとって信頼に足る存在なのだと親や教師が示すことで、子どもは他者と信頼関係を築くことを学び、責任ある社会人として成長していくことができる。戦争や虐待といった理不尽を経験した子どもたちの行く末を思えば自明の理。教育者のみならず、子どもと関わる全ての人にこのことを理解してほしい。

006 名前:NoName
「できる規定」という発想が素晴らしい。校則は生徒を縛るだけのものではないという生徒へのメッセージにもなると思います。
もう一歩踏み込んで、生徒は根拠を持って教師に異議申し立てできるが加えられたら文句なしです。「3回読んでも無視」するような教師には、異議あり!と生徒が不利益なく申し立てられるようにしないと。子どもの権利条約にも意見表明権が示されています。
007 名前:NoName
学校の場に限らず立場が弱い者、自分に利害関係のない者、実害がない者はたとえ知り合いであっても挨拶を無視する人間は結構いる。常にそうであればまだ理解できるがそのような人物は利害のある人間にはほぼ掌を返す。これには建前ばかりを重視して本質を軽んじる最近の風潮が大きく影響しているように思う。
008 名前:NoName
私の中学(公立)は校則が全校生徒の2/3の賛同で変更できました。なので生徒会に動議をかけてもらい投票することで校則の変更ができました。
ローファーの廃止、腕時計の許可などいくつかの校則は変更されました。もちろんそれぞれ理由付けが必要で、運動靴の盗難や校内で時計のない場所が多く時間の管理が必要などの理由付けをして先生などに相談しながら変更しました。
この文を書いている人は自分の意見を生徒に押し付けているようにも思えます。
生徒の経験という意味でも本来は生徒に校則って変えられるんだということを教えた上で自発的に生徒側からの要望で校則の変更があると良かったですね。
009 名前:NoName
教職員などルールの管理者側は、対象者からなぜそのようなルールがあるのか、尋ねられたときに瞬時に答えられるか或いは、調べてわかるようにしておくべきだろう。最低限ルールで人を縛る側の守るべき道理というもの。また、近隣の学校と比較して、明らかに厳しいことが判明したときも、これを納得できるような説明ができるようにするべきだ。「高校生(中学生)らしさ」「生徒とはかくあるべきもの」という固定観念で片付けてはならない。付け加えれば、嫌なら学校を辞めてもいい、というのは論外である。
010 名前:NoName
校則、生徒手帳に書いてあったがゆるかったな

「下駄ばきで自転車登校禁止」だった
下駄の歯の間にペダルが挟まるので危ないので。
徒歩での下駄ばき登校はOK。

髪は肩にかからないように、だったと思う(男子校)
でも肩にかかっている生徒の髪はいつまでたってもそのままだった

それでも問題は起こらない、というのが先生、生徒の誇りだったのだと思う

今はどうなっているだろう

011 名前:NoName
返事をしない教員と校則の話を並行にするところを見ると、学校に対して不満に思っている人を誘導して校則の自由化をするべきという筆者の主張を通そうとする意思を感じる内容で良い気分がしませんでした。

本来は別の話です。

返事をしない教員は論外だし、校則をなくして何でも自由にするべきでもない。

問題の核心は校則を生徒自身が考えて設定する自由があるかないか。現状3年間だとなかなか変更する猶予が短い。おそらく中高一貫校なら6年あるのである程度は考えられるのかもしれない。
公立だと徐々に変えてもなかなか世間のスピードに追いつかないこともあるからその不満がこのような記事を書かせる原動力になるのかもしれないね。

012 名前:NoName
私は昭和時代に、校則が明文化されている私立高校に通いました。たぶん世間では超少数派。
校則は生徒手帳の半ページぐらいに書かれている、服装、髪型、それとバック、アルバイトとバイク禁止ぐらい。

校則が明文化していると、先生で判断基準が違わない、先生が勝手に謎ルール作ることがない、校則変更の話が生まれやすいなど、メリット大きい。
それもあってとても楽しい高校生活を過ごしました。

日本は成文法の法治国家なのに、学校はそうならないのが不思議です。

013 名前:NoName
校則の問題はよく話題になります。
高校は校則をオープンにして、その校則で良いと生徒が判断すれば受験すれば良い。自由でイジメ問題も積極的に解決してくれないが、そんな高校が良いと思う子。あらゆる事に厳しいがイジメがあれば、被害児童に付き添い積極的に排除してくれる高校が良いと思う子。人それぞれと思う。
014 名前:NoName
全ての校則を廃止することには反対だ。今の社会は、ルールの理由を説明できなければそのルールがおかしいと主張する人がいる。だが、この学校の制服はデザインがダサい、なぜこの制服でなければならないのか、などと言い出したら、そもそも制服の意味が無い。

校則は、皆が目指す目標でもあり、問題行動を抑止するためのものでもある。子ども達をがんじがらめに縛るためのものでも、教師の威厳を保つためのものでもない。

自由とは好き勝手出来るということではなく、きまりの中で自ら考え自ら行動することこそが本当の自由だと思う。

015 名前:NoName
説明がつかない校則、不合理な校則は改善すべきです。
2年ぐらい前から校則の見直しは広まっています。

名前を呼んでも無視の教員は、教員の問題でしょう。
こんな先生は、あきらかにダメです。

学校改革はどんどんすべきです。
同じ学校に長くいると気づかないことがあります。
新しい人の方が、違和感に気付くことがよくあります。

016 名前:NoName
校則というのは生徒が非行に走るのを走らさないためのものだ。親がちゃんとしていれば本来は問題ないがいい加減な親がいるからこのような校則ができたのではないか?親が自分の子供をちゃんと躾けられれば校則はいらない。進学校は校則があってもあまり意味がないというからなあ。進学校に行く子どもの親はちゃんとしている者が多いということではないか?問題を起こす子供の親を見ればなるほどなというのがほとんどではないか?親にしっかりしてもらわなくてはだめだ。いい加減な親には罰金刑を科せばいい。お金を取られるとなると人間は変わるなあ。日本は学校がいろんなことをするのが当たり前だという親が多いのではないか?親の意識を変えるしかないなあ。
017 名前:NoName
さらに一歩踏み込んで、校則の総則あたりで教師に対して校則に基づき合理的な指導を「しなければならない」と作為義務を生じさせ、生徒は教師から不合理な指導を受けれたときは、校長又は教頭に直接苦情を申し立てることが「できる」旨の規定をしてもいいかもですね。
018 名前:NoName
何でもかんでも問題と決めつけないで欲しい。

この事例、一見教員が無視しているよう記載されているが、教員も皆聞こえが良いわけでもないし。これは、この校長なる人物の主観でしかない。気になるのなら、校長が1回目で教員を呼べば済むこと。

学校の校則が厳しい等記載されているが、校則化するにはそれなりの事があって、校則になる事を忘れているのか?これは、学校だけでなく社会でも同じこと。本来は、校則何でも不要。安全、安心な学校生活を過ごす事を念頭に、それぞれの地域、生徒を鑑み作られる。

本来は、校則ではなく、法律通りにすればよいがそれができないのは、生徒の将来を考慮する面が大きい。でも、今の校則では無意味なものが多いため、飲酒、喫煙、警察に全て任せ、保護者、生徒がそれぞれ責任を取ればもっとスマートにできると思う。

019 名前:NoName
「2年1組の尾形です。沼田先生はいらっしゃいますでしょうか」
⇛自分の通っていた高校でも職員室の入室する時はありました。
今回の様に無視する教員はいなかったですし、機械科の職員室でしたので顔も知っているのでそこまで気になりませんでした。
むしろ五教科の職員室や他の土木科や建築科などの職員室は滅多に行かないから少し緊張した記憶がありますが誰も無視する様な態度の教員はいませんでした。
不在の時は出先を教えてくれました。
020 名前:NoName
高校生は在学中に選挙権が与えられます。このため学校で有権者教育が行われることがあります。政治の仕組みの講義や地域課題についての討論、模擬投票などです。
私は、生徒に最も身近で実践的な有権者教育は校則の見直しではないかと考えています。

1 総論(校則の必要性の検討)
 「そもそも校則とは何ぞや」ということを教師とともに考えます。
 必要論者と不要論者による討論なども興味深いでしょう。
 抽象的なので各論から始めてもよいでしょう。

2  各論(各規定の見直し)
  各規定の背景や制定趣旨を確認し、必要な見直しを行います。見直しは、概ね次のように区分されます。
(1) 制定の趣旨と内容を維持すべきもの
→維持
(2) 制定の趣旨は良いが内容が不適切なもの
→改正
(3) 制定の趣旨が現代に合わないもの
→廃止

自分たちで校則を見直すことに生徒の皆さんは真剣に取り組むのではないでしょうか。

021 名前:NoName
あらゆる規則は、必要性と相当性を検討して定めるべきである。

規則を制定する必要があるか。その目的は正当なものか。また規則による制限は必要性に対して広汎な制限とはなっていないか。

これらは自由主義に基づく当然の要請である。これらが検討されないとき、それは規則による法治ではなく、規則制定権者による人治である。

022 名前:NoName
校長として疑問を感じたり、校則の見直し、生徒の人権保護などの対応を図ったとあるが、高校もさることながら小学校や中学校にも理不尽なことが未だたくさんある。現役教員だが、児童や生徒の名前を「ちゃん」づけやあだ名て呼ぶ教員、廊下ですれ違って挨拶やお辞儀をしないと怒鳴る教員、教員を呼びつけるときに「…くん」と呼び、生徒には「さん」づけをしないで名前のままで呼ぶ管理職や教員、制服を正しく着るように指導をしても教員自身がジーンズやスエットを着て授業をするなど、まだまだたくさんある。改革する校長はごく一部で半数以上の管理職が能力なしの事なかれ主義を望むものばかりのため、学校は何十年経っても変わりません。
023 名前:NoName
いわゆる名門、進学校には制服が自由だったり、校則がないに等しいところが多い。
一方で、いわゆる「底辺」と呼ばれる学校はどうしても放置すれば「問題行動」つまり、面倒で教員、ひいては学校長や地域に根差す学校の評価を揺るがしかねない事態に発展する可能性があるだけに、時に理不尽とも言える厳しい校則が実在することも理解できなくもない。
ただ、時代は確実に変わっているし、中高年だって当然にそれを感じているんだから、今は何故そのルールなのかを合理的に説明できない校則は廃止した方が、学校、生徒のためだと思う。教育の場にふさわしい校則を生徒、教師双方で決める機会があったっていいではあ~りませんか。
024 名前:NoName
私が中学1年の時の担任(社会科担当)も横暴な奴でした。
自分の授業前には黒板を綺麗にしておかないと日直当番は往復ビンタされます。
そして忘れ物チェックをして、累計5回になると脳天から拳骨で3回殴られます。
ただしツッパリ生徒に対してはこの限りではありません。
帰りのホームルームで、ツッパリ生徒に何も出来ないのは納得できませんと意見しましたら職員室に呼ばれまして、給湯室に連れて行かれて「俺のやり方に意見するなんていい根性してるな」と、往復ビンタ喰らいました。
昭和54〜57年に東京の大森第◯中学校で実際にあったお話です。
025 名前:NoName
ひたすら先生方を批判したい記事に読めます

返事をしないような先生方、みたことありません
そんなことをすれば、まわりが注意するでしょう

校則は学校によってさまざまですが
生徒が自律できるなら本来必要ないものです

生徒会を中心に生徒主体で話し合い、お互いに守ろうと校則を変えていくところもありますよ

校則について、先生方を一方的に責めるような論調はいただけません

交通ルールと同じで、ある程度のものがないと集団生活はまわりません

不必要に縛りすぎた校則はなくなってきていると思います

秩序が保たれて生徒さんが落ち着いて学校生活を送れるなら、度を過ぎたルールで縛ったり服装検査したい先生方はいないでしょう

026 名前:NoName
軍隊で入隊時に坊主にし、兵の鼻っ柱や自尊心を折って従順さを身につけさせるなど、上意下達・抑圧管理型の組織では、理不尽なルールが見られます。

管理者から見ると、「従わせること」に意味があるので、内容は対象を管理しやすいものであれば、別に理不尽で良いのです。理不尽なルールに相手を従わせることで、どちらがボスであるかを再確認させ、「秩序」を再生産していることになります。

学校は、大人と子どもという関係で既に上下関係が生まれます。大学を出て教員になった教師は、学校文化から学校文化に還ることになります。

昔ながらの体育会系などは特に、秩序の維持の仕方のロールモデルが「理不尽型」のイメージしかない場合があります。

管理しやすさもあって、教員生活を通して、その指導法にどっぷり浸かるタイプも生まれます。

現代の教員には、民主的、進歩的な「寄り添い型」も多いですが、理不尽型も一定数います。

027 名前:NoName
もう高校は遠い昔の事(都立普通科)だが、自分の在学当時から今に至るまで「校則」が無い。自分の在学当時は校舎内でも土足黙認(泥落としはした)だったが、今は唯一、「土足と上履きは分ける事」だけはルールらしい、と言っても、指定の上履きは存在しない。

服装も在学当時から自由だった(好きで黒詰め襟やセーラー服を着る者は居た)が、今は髪型、髪染め、ピアスも自由だとか(同期生が講師で勤務している)。しかし、自分の在学当時から東大京大に各20人以上、六大学累計(現浪合わせて)200〜300人の合格者を出している。自分の在学時は学年400人前後だったが、早稲田大学の文系理系合計の合格者数が現浪合わせて700人超(文系は複数学部受験可能、理系も政経は数学で受験できた)。

記事のような「エラそうな教官」はいなかった、と言うより、学生側が「教官の格付け」をし、学識見識があれば机を持ち込んで受講したものだ。

028 名前:NoName
講師をしていますが、
これまで5校近くそんな職員室はありませんでした。
子どもが呼んだら、すぐさま誰かが返事をして、
そばにより、目線を合わせて話を聞いています。そして、校則は、特にコロナから、大きく見直され、子どもの実態や状況に寄り添ったものになっています。
029 名前:NoName
全国4千校の中にはいろいろあるだろうけれど、こんな古い体質の高校が多いと思われたら嫌ですね。
私の過去の勤務校でも職員室の呼び出し方に厳しい学校はありましたが、その場合でも呼ばれた本人なり周りの教員なりが正しい言い方をすぐに教えてました。どこの山奥の閉鎖的な学校の話だろうという感想。平成初期までなら割とあったかもしれないけど。
030 名前:NoName
ほんとに話か怪しい。現場に勤めていますが職員室の入室ルールは確かにありますが、真面目にルールを守っている生徒に意地悪する教員はまず居ません。校則も見直されている学校が多い。厳しいルールを課す学校はそうしなければどこまでも崩れていくところだからです。教員及び学校のために厳しいルールを作っているわけではありません。
031 名前:NoName
県立校なんだから、校則はすべてネットで公表、それに従う旨の同意がないと入学は認めない、とすればいい。
意味のわからん校則だらけの学校は淘汰されるし、明文化されていない謎ルールは守らなくていい。
その代わりそこに書いてあるのを守らなかったらきっちり処分すりゃいい。同意して入学したんだから。
でも教員ってどうでもいいような服装の校則違反はすぐに見つけて注意するけど、いじめという名の暴行、傷害、強盗、わいせつその他の犯罪は見て見ぬ振りするよね。根拠のない校則よりも法律守れや、と思う。
032 名前:NoName
ISOもそうだし、校則も同様に ルールは必要だけれど、「抜け道」解釈が可能な文言にしておかないと 自分で自分の首を絞めることになります。
細かく作り過ぎるよりも ルールの目的を明確にすることが必要と考えてます。
制服着用ルールは 「ハレとケ」の使い分けができれば十分なんですよ。その使い分けを指導するのが教師なのでは?
033 名前:NoName
なんか昭和感が漂う記事の様にも見えますが、そういう校風の学校もあるのでしょうね。

「お互いを先生と呼ぶのは教員と政治屋だけ」でどちらもその世界の中での上位にいるから尊大になるという面白い表現をしていた記事を読んだことはあります。これを見ると確かにそうなのかなと。

あと服装校則を厳密に守ると特に市販品が無い(ワンポイントさえ無いソックスは探すのが大変)こともあり、実は納入業者に忖度しているのでは無いか?と疑う人もいる。

034 名前:NoName
職員室の入り口近くにいる先生が「沼田先生、生徒が呼んでます」って言えばいいだけなのでは?この記事の場合で言えば校長先生が近くで聞こえてるわけなんだから、呼んであげればいいじゃないの。記事でも声が小さかったと書いてある。聞こえていた保証はない。
職員室にいる身としては、休憩時間で昼ごはん食べてても呼ばれれば仕事するよ。ただ職員室の入り口で呼ばれた声が聞こえないなんてことはあるある。20mぐらいはあるんだから、ガヤガヤしてたらまず聞こえないよ。
035 名前:NoName
>県庁職員から教員免許なしで、異動を命じられ、県立高校の校長となった川田公長氏はその当時、学校の理不尽なルールに憤慨し、校則の一部を緩和したという。

珍しい異動命令ですね。推測ですが、何かしら抜本的に改革しなければならない事情が、この学校にあったのかな?
学校という教育の世界に他の分野の者が足を踏み入れると、そりゃ信じられない慣習やらルールに縛られており、まるで異文化です。
この新任校長(元県庁職員)も、それを感じて改革されようとしたのでしょう。しかし、前からそこに居る先生方からすれば、面白くないでしょうね。「何やねん、いきなり来て学校運営出来るのか?」と思い、そっぽ向いたのでしょう。
長年続いている学校のルールを変えるのは、とても難しそう。それをひたすらに守って来た先生方は反発するのでしょうね。

036 名前:NoName
>こういう話をすると、たまに「学校は社会の理不尽さに耐えるための勉強をする場でもある」などと言う人がいる。そんなことはない。ただ教師が偉そうにしたいだけではないか。

本当、そう思います。
それに、理不尽なんて無くしていくべきもので、耐える訓練なんかしても何も社会は良くならない。
各人の事情を汲みつつ落としどころを探していく訓練をした方が、よほど世の中の役に立つと思います。

あと、もし、学校で教職員が理不尽を生徒に体験させる役割を担うとしたら、それって教職員は理不尽なことをするお手本になるということでしょう?
それを見た生徒が真似をして、後輩や部下に理不尽を振りまく人物になるおそれは十分にあります。
学校をそういう人物を生産する場所にしたいのか、よく考えた方がいいと思います。

037 名前:NoName
教員がどうとかと言う以前の社会人として駄目な人はね・・・・・。
教員として働かせる前に、社会人としての基本を学ばせる機会が必要だと考える。

昔みたいに、上下関係の厳しい学校環境で常識を身に付けてきた人は、もはや少数派なのだから。
一般常識や社会人としての基本を身に付けていない人が大半と言う前提で、教員を育てていくという制度改革が必要だろう。

昔のように、他人の背中を見て覚えさせるような、職人技伝授の感覚で教員を育てようとしても、それが可能な環境は既に存在しない。
もはや、教員を育てる事にも、十分なリソースを割くようにしないと、教師の質は確保できないだろう。

まともな教師が個人レベルで頑張って、なんとかなる状況ではない。

038 名前:NoName
半世紀前から私は校則不要を言っていました。違法でも、校則で縛る。教師の押し付けであることと、管理がらくだから。そんなの理由にはならないですよね。まあ、私立なら、同意しての入学となるなら致し方ない面もあり。
しかし、公立はダメですよ。
学校は教師が強大な権限を持っていることから、一般企業ではあり得ないハラスメントが横行しています。働き方改革も重要ですし、意識改革も重要。
特権を守るのではなく、変化していかなければ。
未来がある子供に過去の押し付けは、教育として如何でしょう?
039 名前:NoName
校則について言えば、TPOをわきまえてくれれば、細かな明文化は必要無いと思う。要は、TPOをわきまえない子供や教師がいる事が問題なんだよ。普通個人情報が溢れている職員室に相手がいるか分からないのに入る方が問題でしょ。逆に明文化するから、それを盾にTPOをわきまえない行動をとるのでは?
学校って学ぶ所であってファッションをひけらかす所じゃない。個性の披露は授業や行事でやるのであって服装で行うものじゃない。だから、機能で選ぶべきだと思う。ファッションの為なら真冬でもミニスカ生脚で我慢できるのに、コートやストッキングやマフラー等の防寒着が必要なのって話。だからこそ、メディアが報道しても校則の改正が広まらないのでは?
040 名前:NoName
「理不尽さに耐える訓練」なんか必要無い。これはこれは大人社会も間違ってる。
「後輩なら弄っていい」って悪習は潰すべき。「自分がやられて来たんだからやらないと損」的な考えの奴が多いでしょ。
どこかできっちり法的対応する世代が出て来て欲しい。記事中の事例は明らかなパワハラ行為。人権侵害を疑わせる違法行為です。
学校なら「こんな事をしたらどうなるか?」を身をもって教えるべき。証拠保全して訴訟しなきゃ。
041 名前:NoName
さすが県庁職員出身の校長だと思った。行政職だと根拠規定を徹底的に漁らされると同時に”何のためにこのルールはあるのか”とい思考も身につけさせられる。
一方で教員については比較的その感覚が薄いと感じる(行政職が一般感覚とかけ離れていると揶揄される一因でもあるが)。だから校則を”生徒のできること”と捉える発想は素晴らしいし行政職ならではだと感じた。これは生徒が社会に出る際にも役立つ考え方ではないだろうか。
042 名前:NoName
校則を生徒の成長に役立てる取り組みですね。
それならば、憲法遵守、国際法遵守を追加すれば、生徒が自ら社会に目を向けるようになるでしょう。
気づきを与えるのも教育の一環です。
043 名前:NoName
昭和の頃の中学校や高校なんて理不尽な校則だらけ。生徒の髪がちょっとでも長かったりすれば良い生活指導の教諭が平気でその場で髪を切るとかあったし、喫煙がバレたり授業態度が悪ければ、平気で殴るのは、当たり前だった時代。確かに荒れる中学校、高校があったのも事実だけど靴の色から靴下、髪型、色(天然パーマ、髪の色などが自然でも許可が必要)、持ち物、下校した後の私生活まで厳しく書かれていた。今なんかかなり緩くなったと思うけど、それくらい、酷く理不尽な校則が昭和の頃は、当たり前だった。
044 名前:NoName
昭和時代に学校生活を過ごした我々は超理不尽な校則に抗いながら過ごしました。
時代と共に状況は変化しているのだから、現代に見合った無理の無い校則に変えていく校長先生、最高です!
045 名前:NoName
何十年前の自慢話でしょうね。
職員室入口で生徒が用事のある先生を呼んでも、たまたま席を外されていたり、他に居室があったりと言うことも多く、出張等もあります。
そんな時にはいる先生が居所を教えてくれたり、また気がつかない先生に「生徒が呼んでますよ」と言います。制服もそう、いまは暑くても長袖の生徒が多いです。エアコンのせいかも知れません。半袖にしろとは言わないし、半袖の生徒もいます。スカートだとハイソックスが多いですね。
色は指定されるかもですが、大体白黒紺が多い出すね、時代に応じて、高校でも校則の見直しがあると思いますよ。だらしなくシャツを外に出したりしていると注意されますし、赤い口紅つけてりゃ注意される、この校長は会議にもろくにかけずに校則変えたのかな、迷惑な人だなあ。
046 名前:NoName
確かに呼ばれても返事をしないのは生徒に失礼とは思うが、入室云々より誰かがその生徒の対応をすればいいことだと思います。
校則を決めることがまるで生徒のため…とでもこの元警察は言いたげだが、校則を細かく決めることだけが解決方法ではない。
校則生徒を縛るためだけではなく、守るためなのは世間に知られていないことから公開することは必要だが、何が何でも従わせようとするのは学校より警察の闇の部分だと思いますがね。
047 名前:NoName
そもルールとは、自分なり他人なりが摩擦なく過ごしていくためのもの。
そのルールが摩擦をつくっていては本末転倒ということ。
ルールをつくることは、本当によく考えてつくらないと。
悪法も、1度成立すると法なり。
048 名前:NoName
部活動でも授業でも、生徒を職員室に呼び付けたり、呼びに来させたり、仕事の場で大声で指導する教員が私は大嫌いだ。
自分が明らかに強い場所で、萎縮する生徒を指導と称して制裁する様子は見ていられない。
ベテランがそうして見せると。若手も楽だから真似し出す。
049 名前:NoName
殴られて逮捕される学生が増えたのは、理不尽な指導が原因と言われるからね。生徒の権利を守ることも大事だ。それは同時に、生徒の不満を貯めさせないためためでもある。
050 名前:NoName
職員室もIDカードが無いと入れないようになるでしょう。一部既に行われているのかもしれません。入口の画面で呼び出す先生の名前を選択し、OKなら開けるパターンになるのでしょうか。
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