高市総理は16日、参議院予算委員会で選択的夫婦別姓の導入について「慎重な立場だ」と明言しました。
立憲民主党の蓮舫議員の質問に対し、高市総理は「慎重な立場」であることを強調。
旧氏を通称で使う人々の利便性をさらに高めるべきとの考えを示しました。
政府は夫婦同姓の原則を維持しつつ、結婚で姓を変えた人の旧姓使用を法制化する方針です。
高市総理は、選択的夫婦別氏制度と旧氏使用の拡大は別物との認識を示しました。
引用元: https://news.yahoo.co.jp/articles/3f2248591bf4b9cfa8cf60ab80219a03e97e72d8
みんなの意見
御本人達の意見は立場により様々あるのは理解できるが、産まれてきた子供や保育所や幼稚園の先生達の問題点におそらく想定外がたくさん出てくると思います。また、日本の戸籍法は世界的にも素晴らしく管理された仕組みで、これを根本から変える必要もあり、そこまでして御本人達の少数派意見に完全な法的整備をする必要は感じない。
世界がやってるから日本も、という主張もありますが、なぜ全てを世界に合わせる必要があるのでしょうか。日本には日本の文化や伝統があると思います。
そのような主張を行う人に限って、自分に不利な政策に対しては、日本は日本と言い出すわけですが。
選択的であるから迷惑かからないような主張をされる方もいますが、同姓だからこそ夫婦だろうという推定で世の中回っていることも多々ありますし、役所や周囲の人は、はっきりいって迷惑に感じる人も多いと思います。
別にどちらの姓にするという決まりもないんだし、結婚するときによく話し合えばいいのでは?と思います。
そもそも、それが嫌なら結婚しないという選択も自由なわけですし。
一個人の利便性やアイデンティテイを高めたいことによって、周囲が迷惑するようなことはやめてほしいです。
はっきりいって、優先して議論すべきことではないと思います。
詐欺事件が頻繁に起きる現代社会。犯人捜査段階の出発点が人物特定。氏名の探査と特定が捜査の最重要要点の一つである事は間違いない。又、捜査協力する住民側でも氏名の単純化(一家で二つの姓があれば混乱)は生活認識でも大事な事。又、一般に事件の犯人が氏名が公表される場合が多い。「同姓の家族」に迷惑をかけてはいけないと言う自制心が目に見えない犯罪の抑止になっているのも事実と思う。昔から犯罪者が多くの氏名を使い「人民の海」に隠れてきたのも専門家でなくても知るところである。
日本には日本独自の歴史的経緯や社会構造があります。もちろん、差別や不当な扱いは改善すべきですが、それを「世界がこう言っているから」という理由だけで変えるのは、自国の文化に対する自律性を失うことにも繋がります。むしろ、外からのプレッシャーに盲従するのではなく、日本の土壌に合った形で「誰もが生きやすい形」を模索する方が、結果として強固な社会を作れるはずです。
僕も慎重な立場ですね。
僕は外国人の親に育てられたのですが、それで思うのはミドルネームがあることによって家系譜の繋がり追えます。
ですが、日本にはミドルネームがないので選択的だとしても別姓を認めると子供が困るだけでなく将来的に家系譜の繋がりを追えなくなります。
これはマズイと思っていて、海外で家族旅行したことある方なら経験ある人もいらっしゃると思いますが、時に家族である根拠を示す必要があり、その時に(厳密な審査等が不要なら)今なら名前で家族である事を判断して貰うことが出来ます。
しかし、別姓となり名前から家族の繋がりが追えなくなると、これが出来なくなります。
あと、よくある議論として外国で同姓を法律で定めている国は無いという意見がありますが、法律で定められていないとしても宗教上により実質的に結婚後の姓は夫でミドルネームは旧姓(※逆もしかり)等の慣わしで同姓になる事が多いと思います
正味これに関しては、行政コストという観点では一時的なコストで済むようだし、世界基準に合わせて国際社会での地位高める上でもいつかはやってもいいと思う。
ただ、政策優先度という観点では、決して高くはない。こーゆーアイデンティティとか手続きの簡素化に関わる議論よりも、社会保険料と年収の壁、経済安保や防衛、先端技術投資といった議論の方がよっぽど国民のウェルビーングに直結するし重要だと思う。少なくとも世界情勢の悪化や物価高が喫緊の課題という現状で、優先するべきことではない。
昨年、息子が通う都内の中高一貫校(男子校)の文化祭で、「社会部」のプレゼンを聞かせてもらう機会がありました。選択的夫婦別姓をテーマにプレゼンした生徒がいました。
自校の中高生にアンケートを実施したところ、両親が夫婦別姓を選択した場合、子である自分は両親のいずれかの氏を名乗ることになり、結果、家族内で氏が異なってしまうことに対し、90%弱の生徒が反対とのことでした。
プレゼンの結論として、「高3の一部の生徒を除き、自分たち学生の多くが選挙権を有しないので、この問題の決定に関わることができない。しかし、この問題は意思決定に参加できないような我々の生活に大きく影響が出るものである。したがって、選挙権を持つ大人たちは、我々のこのような意見を真摯に受け止めて意思決定すべきである。」というものでした。
「その通りだ!」と思ってしまいました。
いま多くの人に影響を与える課題としては、内政であれば、物価高対策、貧困格差対策、少子化対策、エネルギー問題、外国人問題。外交・安全保障であればインテリジェンス・抑止力強化、我が国に不当な威圧をかける外国への対応、ウクライナ戦争やイラン戦争の早期終結や台湾有事対応など課題が山積しています。夫婦別姓問題でお困りの方にはとても辛い思いを引きずらせてしまいますが、優先順位としてはマジョリティが困っている問題を早急に対応して貰いたいと思ってます。
夫婦別姓は喫緊の課題とは思わないので後回しでも良いかと思います。別姓でないと結婚しないというのはそうそうないかと、というかそこの擦り合わせをできないような男女が結婚はしなくていいのでは…どちらかというと男性の苗字変更も当たり前のような風潮にしていくのがいいのではないですかね。別姓にすると戸籍だけでなく民間含めてあらゆるシステムに影響が出るので、そのあたりも時期含め考えるべきかと思います。
選択的夫婦別姓って、別姓にしたいって言ってる人にしかメリットがないと思います。小さなころから慣れ親しんで愛している姓のまま生きたいっていうアイデンティティーがあるのはいいと思うけど、生まれた子どもはどちらかの姓になるわけでしょ?生まれたばかりの子どもに姓のアイデンティティーなんてないわけで。結局親のエゴで姓の選択が行われる。子どもが大きくなったときに、様々な要因で「もう一つの姓がよかった。」と思う可能性だってあります。それで得られるもの選択的夫婦別姓のメリットと戸籍制度や家族制の崩壊などを天秤にかけたときに、なぜいつまでも議論になってるのかがわかりません。通称使用で足りない部分は法整備して行えばいいと思います。
日本では、姓は単なる名前じゃなく、先祖から受け継いできた系譜の象徴だと思います。別姓を認めたら、「先祖の系譜が途切れる」「墓の継承で家名と一致しなくなる」みたいな違和感が出てくる。
もちろん、別姓を選ぶ人は少数派で、同姓を望む人は今まで通りでいいはず。でも、制度として別姓が存在すると、社会全体で「姓=家族・家系の連続性」という意識が少しずつ薄れ、先祖を大事にする気持ちや、系譜を守るという伝統が揺らぐ可能性は否定できないと思います。
海外では別姓が普通だから日本もやるべき、という意見も聞くけど、日本の祖先崇拝や墓文化、戸籍の家族単位という文脈を無視した比較は違う気がします。
欧米の事例をそのまま持ち出しても、「先祖を敬う」価値観は守れないのと、少子化が深刻な今こそ、先祖の系譜を繋ぐのが大事、という意識を保つ方向で、家族を支える社会を作っていく意見があってもいい。
私は婿なので妻の姓に変えました。仕事には旧姓のほうがネームバリューがあって良いのですが、名前で仕事をするわけではないので、自分に自信があれば問題はありません。同姓の家族の一体感は日本の文化だと思います。国際的ではなく日本的でいいではないですか。日本の婿さんとして旧姓に戻そうなんて考えられません。
日本の戸籍制度は非常に優秀な制度で、夫婦別姓はこのシステムを根本的に破壊してしまうものです。
世界標準と異なっているから変えろとか言う人がいますけど、じゃあほぼ世界中から反対されている日本の捕鯨文化に対して、日本独自の文化を何で世界からやいのやいの文句言われなきゃいけないんだ?と言うのと近いですね。
日本独特の文化だろうが、それに沿って進んできた文化があります。
それを簡単に崩すのは間違っていると思います。
せいぜい通り名で限定的に使う事を可能にする程度の事は出来ると思いますが、戸籍制度を破壊するような事は絶対にするべきではないと思います。
選択的夫婦別姓の議論は、単なる書類手続きの問題ではなく、「名前という個人のアイデンティティを誰が決めるのか」という根本的なテーマを含んでいると思います。
現在の制度では夫婦同姓が原則で、旧姓を通称として使うことで不便を補う形になっています。
高市総理が強調しているのも、この通称使用の拡大によって利便性を高めるという方向です。
ただ、推進派が求めているのは利便性の改善というより、制度として姓の選択権を認めることです。
そのため「旧姓使用の拡大」と「選択的夫婦別姓」は、議論の土台がそもそも違うという印象があります。
戸籍制度や社会制度との関係もあり簡単な問題ではありませんが、個人の権利と制度の安定をどう両立させるのか、もう少し落ち着いた議論が必要だと感じます。
自分自身は結婚する前の姓でも結婚相手の姓でも特にこだわりはないので、仮にAでもBでもなんでもいいと思います。
結婚当初は、なぜ女性側だけが銀行の通帳の名義変更をしたりしなくてはいけないのか?とか手続き上面倒な事が多く男性はなにもしなくてよいのが、公平ではないと思った事もありました。
しかし、生まれてくる赤ちゃんは選択的夫婦別姓にした場合どちらの姓で届けたら良いのでしょう?
選択的夫婦別姓が進んでいる諸外国はその辺の事情はどうなっているのでしょう?
それが日本人にとっても納得いくものならば
取り入れても良いのかもしれません。
夫婦別姓問題、実は、どちらかの親にとっては親子強制的別姓問題だし、今までの夫婦や子供の姓を遡って変えれるのかなど、野党提出法案は問題だらけ。石破政権時に参政党と保守党が指摘して結果的に法案化が見送れた。旧姓併記でほぼ問題は解決されると思う。日本だけという主張あるが、日本独自の文化だし、多様性の観点からもこの独自性は尊重したい。
高市首相は、旧姓の単記を可能にできるよう法制化する、と明言していたね。
結婚して姓を変更し、法的に失った旧姓を、法的に単記でも認められるようにする、とはおかしい。
それって、人によっては、法律上2つの氏名を持つことができるようになるしあり得ない…
「旧姓を単記で法的に認められるようにする」ということは、遠回しではあるけど、選択的夫婦別姓を導入する、といっているようなもので、高市首相は選択的夫婦別姓に慎重な姿勢とは言えない。
両親が夫婦別姓を選択していました。父は日系人だったので、いわゆる「国際結婚」の括りだと現時点では夫婦別姓を選択できるみたいですね。
父と苗字は違っていましたがそれで困ることはありませんでした。当事者として、行政の手続きや家族の絆が〜と言われていますが別に変わらないです。
あくまでも選択肢の一つなので選びたい人だけ選べば良いと思います。
また、結婚したらご両親と苗字が変わる方も多いのでそんなに拘ることなのか、と疑問に感じてしまいます。
現状の一番の問題は「結婚するカップルの94%が男性の姓に合わせていること」だと思います。
表面上は男女平等を謳いながらも、実際には男性優位の意識が根強く残っているということです。
戸籍の維持や子どもの姓の問題など、選択的夫婦別姓を導入した際の弊害を指摘する声もありますが、それらがこの人権問題を放置していい理由にはならないと思います。
戸籍を維持したまま別姓を選べる制度設計は可能だと思いますし、別姓選択が法的に認められれば親と子の姓が異なる状況もそうイレギュラーな事態ではなくなるでしょう。
別に何でもかんでも世界の基準に合わせる必要性はないと思いますが、人権意識の低さは是正されるべき問題です。
解決できる問題を盾にいつまでも議論を進めないばかりか、旧姓使用の範囲を広げてより問題を複雑にするなんて…正直まったく理解できません。
私は男ですが、女性はなぜもっと怒らないのでしょうか?
日本の選択的夫婦別姓への慎重論は、家族を基本単位とする「戸籍制度」が最大の障壁です。伝統的価値観を重視する慎重論も根強く、抜本的な制度刷新が進まないことが、行政デジタル化の遅れの一因となっています。
先行する韓国では2005年の法改正で戸主制(日本の戸籍制度に極めて近いもの)を廃止し、個人ベースの家族関係登録簿へ移行しました。日本においても、戸籍を個人単位のデータ管理へDX化することで、各種手続きの効率化や行政コストの大幅な削減が期待できます。
さらに、システムを「個人」単位で構築することは、今後の法整備を前提とした上で、事実婚や同性婚など多様なライフスタイルを社会システムに包摂しやすくする技術的基盤となります。関連法規の改正と並行して行政基盤をアップデートすることが、個人の尊厳と合理性が両立する社会の実現に繋がります。
この話題になると、世界の大半は夫婦別氏だという、あまり意味のない比較論を出してこられますが、日本で別氏にするということは、戸籍をどうするのかという問題と、一番複雑なのが相続の問題でしょう。なぜ、これを誰も言わないのか不思議でしょうがない。相当量の法律を変えなければならず、それぞれが互いに関連もしていることを考えれば、法インフラの予期しない不備が生まれ、それが社会不安にもつながりかねない。
夫婦別姓につあては、個人的には反対寄りなのですが、費用対効果等の話は除けば、反対理由はどうでもいい話が多いなという印象ではあります
個人的な反対理由としては、それだけのためにやるのは割に合わなすぎるのかなと…なんとなくですが
似たような話では戸籍制度の維持についても、戸籍相当の情報が管理できればいいだけであって、今の管理システムを維持する理由も特にない気はするんですけどね…
戸籍ごとに管理とか今時使いづらいだけな気がしてます
繰り返しにはなりますが、費用対効果等の話を除けば、何故現代の管理方法に合わないシステムに固執するのかが今ひとつよくわからないんですよね…
確かに結婚したときに役所や会社に色々提出したり、ネットの登録とかカードや保険とかね色々変更して大変で相手が同じ苗字だったらなとは思った。
けれど、1回変更すると離婚しない限りはその方が色々とラクなことが多いと思う。
戸籍上はやはりどちらかの名前になるのがいいと思う。会社では好きな方を選べたらいいと思う。
私も前職は名刺やアドレスを考えて旧姓で働き続けました。逆に取引先の方が結婚して名前変わると新しい人が入ったのかな?と思っていざ来たらなんだ○○さんか!ということもありましたね。
珍しい苗字を残したい!とかいうことならそこは揉めた時には貴重な苗字を優先するとか決め事があればいいけど難しいよね。
この手の話で「世界では~」と主張する人はミスリードを狙っています、そもそも「戸籍」という制度が日本特有のものなんですから「世界では~」をそこに持ち込むのはおかしいのです
婚姻というのは日本人は「籍を入れる」という風にどちらかの戸籍に入る制度と理解していると思いますが、日本以外の国に「戸籍」が無いことを知らない人は多いのではないでしょうか、戸籍は自分の出自やルーツを追える大変便利な制度です、日本の文化として大切にすべきでしょう
夫婦別姓を巡る議論では「世界では別姓が主流」「選択制だから自由が広がる」といった言葉が並ぶが、これは本質をすり替えた議論に過ぎない。
日本の家族制度の中核にあるのは戸籍制度であり、婚姻・親子関係・相続といった家族関係を一体として整理する、世界でも極めて合理的な仕組みである。夫婦同姓はこの制度と整合的に機能し、家族という共同体を社会的にも法的にも明確に示す役割を果たしてきた。
この問題は「自由の拡大」などという耳触りの良い言葉で片付く話ではない。長年機能してきた日本の戸籍制度と家族の一体性を軽視し、海外基準や理念だけで制度改変を迫る議論こそ無責任である。
家族制度は社会の土台であり、その安定を損なうような改革には明確に反対すべきだ。
単純な夫婦別姓制度には反対する。「通称使用」について法規定を設けて戸籍との紐付けを確保し、適用の範囲基準、表示の方法等を明示する、の方向が適切と考える。高市首相の答弁にある「夫婦同姓の原則を維持しつつ、結婚で姓を変えた人の旧姓使用を法制化する方針で、高市総理は“旧氏の通称使用の拡大により、利便性を高めていく」はそういう考え方だろうと理解する。
国民アンケートを取ってほしい。50%以上法律を変えてほしいというのなら、民主主義の最大多数の最大幸福の原則に則り変えていいと思う。でもそうでないなら少数なので変えてはならない。民主主義の原則が揺らぐ。多数決で多かった方の意見が採用されるんです。差別はダメだと教えるのは当然としてLGBTQなどの少数はあくまで少数でないと、最大多数が我慢する世の中ではもう民主主義ではない。
自分は男なので同姓で何も困らない(という言い方をあえてしよう)
ただ自分や周囲を含め娘しかいない家族の姓は基本的に途絶えるのだと思うと物悲しさはある、何人も子供を持てる時代でもない
別姓は実利的な意味で唱えられていると思うが、自分の娘が自分の姓で生きていくことは親としては嬉しい面もある
良いところは右に倣えで良いと思うがやはり問題点も各国違うのだから簡単には、変えない方が良いと思う、子供にとってもどちらを名乗るか同じ兄弟で苗字が違うとかになったりするかも知らないし、戸籍問題は、もっと考えなければならない事は、ある
その例が空き家問題、昔のままで変えることが出来てない戸籍は、順序を踏んで決めた方が良い気がする
この問題はほとんどの日本人が見向きもしていない問題だと感じていました。
そもそも周囲で話題に上がったこともなかったし会社でのコンプライアンス委員会でも俎上にのぼったことがありません。
以前は旧姓で対応できないから。と一部の声の大きな方々が声高に騒ぎ、旧姓使用の拡大で対応すると今度は「欧米へ倣え」と予想通りの動きです。
そもそも自国のアイデンティティ喪失の観点や多様性の観点からも「欧米へ倣え」はやめた方がいい。多様性を履き違えて推進した欧州は慌てて是正しているじゃないですか。
最近、選択的夫婦別姓を扱う記事が増えている印象がある。
もちろん国会で議員が取り上げているからだろう。
ただ現政権下では制度成立の見通しは高くないとも言われている。
そうだとすれば、なぜ今この問題がこれほど取り上げられているのか。
制度の賛否をめぐる議論やコメントが多いなか、メディアが取り上げる政治的背景や意図も含めて冷静に見ていく必要があるのではないだろうか。
夫婦別姓自体よりもそれを突破口に戸籍制度の撤廃まで主張しているグループの存在が怖い。
また結婚する当事者同士にとっては「選択」であっても生まれてくる子供にとっては強制的家族別姓である点はどう考えるんでしょうか?
こういった家族制度や社会の根幹にかかわる問題を世界がどうだ、国連が言っているなどと言った外からの意見で決めるべきではないです。
世界的基準とかけ離れているからといって、世界に合わせる必要はない、という意見もありますが、実際、海外で仕事をする日本人女性が諸手続きの上で困難に直面するという現実に日本国はどう対処してあげられるのか。
民族の伝統・文化で、ここは一歩も譲れない、これは国際的な常識を優越するものである、というのであれば、多くの地域のマイノリティーが国連で自らの独自の権利を主張して受け入れられているように、日本国も、マイノリティーである日本民族の権利を守れ、独自の制度で国際的に不利益のないように、婚姻で姓が変わるといった日本民族の伝統にしたがった者が諸手続きが煩雑になることがないように保証しろと諸外国に訴えるべきでは。
民族衣装を身につけて国連に乗り込めば、日本民族が貴重な文化を守って生きるマイノリティーであるとそれなりに理解されるだろうと思う。
結婚したら相手の姓に変更しても構わないということは、決められた姓を名乗らなければならないのは、未婚の子どもたちだということ。
未婚の子どもたちに親や兄弟と同じ姓を名乗らせることに良さがあるから、続いてきた習慣なのでは。それらと親の利便性のどちらを優先するかの問題に感じる。
旧姓の使用の拡大で不都合を減らしつつ、良いところは残していったらどうだろう、というあたりが国民の多数派なんじゃないかな。
個人的に選択的夫婦別姓に慎重になる理由が理解できません。
このままで統計でいけば、名字は鈴木や斎藤など有名な名字だけとなり、最終的に名字の文明はなくなる予想。
また、利便性というなら選択肢を増やすべきであり、選択肢を狭めている時点で多様性もなく、利便性とは何なのかと思います。
批判的な意見では子どもが可哀想とか多く、離婚して選ぶこともなく名字を変えている子どもたちは可哀想ではないのかと思います。
今の時代、離婚率も再婚率も高く、昭和以前のようにいじめられる時代でもない。クラス内に親と名字が違う子どもは多く、気にするのは大人だけであり、その雰囲気が子どもたち伝染するため批判的な風潮は教育的に悪影響でしかないと思います。
寧ろ、選択肢自由が子どもたちには必要だと思います。最終的には名字も関係なくなる時代になるため、早めに慣れるためにの必要だと思います。
最終的には選ぶのは各家庭事情です。
たぶん文化、マナーとしてはOKだと思うんだけど戸籍登録や制度自体が混乱するので行政的な管理問題として難しさはあるのだと思う。
例えば、子供はどの姓にするのかなど。それも別姓で制度的に選択が重なると、誰が誰の親や祖父 祖母が戸籍上かなり混乱し、相続などの際にかなり混乱をきたすリスクは大きいだろうとは思う。
うちの場合、結婚しても仕事は旧姓でやってたりするから、そこは家族で話し合えはどうとでもなると言えばなる
ご本人の言う通り「選択的夫婦別氏制度と旧氏使用の拡大は全く別物」。
旧氏使用の拡大では姓を変えないことを希望する人々の困難は解消できない。
旧氏拡大で生きやすくなる人が増えることは歓迎するが、並行して選択的夫婦別姓制度の議論が前進することを望む。
今の日本では、まだまだ圧倒的に結婚すると女性側が男性側の姓になるというのがポピュラーであるのが現実な訳ですよ。
男女平等であるされている一方、とっくになくなったはずの家制度といった考え方が根強く残っているのも、この姓の問題が今だ旧式ゆえにある状態ではないかと。
何も結婚した夫婦が全て別姓であるべきとしている訳でもないのですし、そこまで慎重になる意味が良く分かりません。
個人的には選択的夫婦別姓でもいいとは思っているけれど、そうしたい理由が自己中的なものしか聞かないのでどうなのかとは思っています。
制度を変えれば、面倒なことも起きることは間違いないので、自己中な理由しかないのなら現行のままでもいいのかなと。
女性差別問題というけれど、結婚したらどちらかが戸籍移動することは変わらなくて、表記が変わる事を気にするのは本人だけだと思ってます。
戸籍の概念が消滅するでもなければ、手続き場もさほど変わりませんよ。
せいぜい、離婚して姓を戻したら離婚がバレちゃうくらいでしょ?
そんな小さな問題よりも、子供の姓はどうするのか?名前だけでは親子関係分からないので、必要な場では都度証明書が必要になるのか?など、新たな面倒事が多数発生することが目に見えています。
ジェンダーを緩くしたら問題が起きたように、起きる問題に対する対策を検討する必要はあります。
絶対批判は受けると覚悟しますが、
意識調査をすると別姓を名乗りたい人は、かなり少数派のまま変わらない。
仕組みを変更するのは、社会全体が制度が変わった事を認知したうえで、職場、学校、行政窓口等では必要な対応を洗い出して実行しておかないとなりません。
別姓を主張する方が多数派なら変えても良いのでしょうが、はっきりって「全体を少数に合わせる」「その少数を理解していなければ意識の低さを問われる」という方向には疑問を感じます。
外国は改名もできるし、別姓も有りだと言いますが、例えばアメリカでは戸籍すら無く、個人の自己の証明は、親や自分が場合場合で手続きをとってないと危ういとすら言える。(大統領が出生証明書を出さないといけないんだから・・・)
各国文化と事情があって今の制度になっているのだから、どこかの国の例をひっぱってきて日本は違うのがおかしい!と言うのは間違ってると思う。
世界的に夫婦別姓がデフォルトっていう人がいるけど勘違い。
世界的には、婚姻によって改姓する制度がないだけ。にもかかわらず英語で家族姓をファミリーネームというほど、夫婦同一姓で生活している。
だから、旧姓の通称使用はそういったグローバルな風潮、世界は家族姓が通称なのに、日本は本名が通称と、非常にややっこしいことになるだけ(というかなってる)。
世界標準に合わせるなら、日本も婚姻制度から改姓を切り離して、夫婦同姓の希望者だけ婚姻手続きに加えて改姓手続きをすればいい。
もし離婚した後の女性の姓が旧姓に戻った際の各所の手続きが面倒なので、女性の立場を思うと大変だと思う。
また子供の姓も離婚によって戻さなければならないか、戻さなかった場合でも本制度が導入されてない事により子供がイジメや差別などの被害に合う可能性も否めない。
これはこれで大事な議論だと思いますが、今はエネルギー確保や自衛隊派遣について臨時国会を招集して日本の立場を明確にしてトランプに伝えるべき事を取り纏めるべきなのでは?
ナフサを始めとする水上の合樹原料が入らなくなり、既に国内化学メーカーがフォースマジュール発動、4月以降は供給に関する契約破棄…裾野が広い分野だから、来月中旬には中小を含め多くの製造業が減産或いは生産停止となります。
それにより自動車、住宅、鉄鋼、製紙、セメント、飲食、運輸…全ての産業が大ダメージを負います。
政府だけではなく、我々国民も冷静に現実を捉えた方がいいと思います。
自民党の高市早苗総裁(64)が21日、衆参両院での首相指名選挙で女性初の首相に選ばれた。夫の山本拓・元衆院議員(73)の長男で、高市氏にとっては「義理の息子」にあたる福井県議の山本建さん(41)が産経新聞の電話取材に応じた。建さんは高市氏の人柄や政治スタンスを「裏表がない」と讃え、家族の視点から「自分らしさを出しながら頑張ってほしい」と心のこもった言葉を送った。一度山本拓と離婚して再度結婚した中である。離婚中は内縁の夫ではなかったのだろうか。何かごちゃごちゃしている家庭なのだろう。義理の息子も総理の座の高市を利用してるのかもしれない。
国連の内政干渉に屈しては国の在り方に問題が生じます。
竹田氏も言っておられたが一体どれだけの国民が夫婦別姓を求めてるのでしょうか?
自分は男性で婿養子に入って性が変わりましたが不便は感じ無いですし、アイデンティティが失われたなんて思わない。
まずは調査や議論を尽くすべきで、その上で本当に必要とされるのであれば法改正すればいい。
自分にとってはどっちでもいい議題ではある。
外国に倣う必要は全くないが、それを選択したいならできるようになることは、国民にとって選択の自由が増えるだけなので悪いことではないし、それを望む国民が居るのであれば、少数意見だろうと政府は真摯に向き合うべきだろう。
だが、それは優先ではなく、あくまで多くの国民が関心を示す、庶民に届く経済政策や減税を最優先で頼みます。
選択的夫婦別姓は「別姓にしなければならない制度」ではなく、希望する人が選べる制度のはず。現状でも旧姓の通称使用は広がっているが、銀行やパスポートなどでは結局戸籍の姓が必要になる場面も多い。旧姓使用の拡大だけで本当に解決するのかはもう少し議論が必要だと思う。
良い制度は残せば良い。
「世界的には…」などという意見もあるが、ここは日本だよ。
極めて質の高い日本の戸籍制度が無くなれば、相続や扶養などが曖昧になる恐れがあり、社会保障制度の適正な運営などにも影響が生ずる恐れもある。
選択的夫婦別姓制度ではなく、「旧姓使用の拡大」を希望します!
『選択的』なのがこの問題をややこしくしている。
家族の姓は一つにするべきなのか、それとも夫婦・親子の姓がバラバラのでもいいのか。
「それは家族ごとに決めろ」と言うのは、社会のいたる所で様々な混乱が起きることは容易に想像できる。国の政策、あるいは国家観の観点から言って余りにも無責任だと言う他は無い。
国民投票に掛けたらいい。この問題に一定の決着を付けるには、最終的にはそれしか無いと思う。
そもそも夫婦同姓や日本の戸籍システムが日本独自のよい文化などと言っている方が多くおられるが、所詮明治から導入されたものであり、導入時も海外の制度を真似てつくったもの。
海外で別姓が多いから選択的夫婦別姓を導入するのではなく、別姓を選びたければ選べるようにするだけ。
だいたい日本の戸籍制度は何度も変更しており、昔は親子兄弟までみんな同じ戸籍になっていた。
今の世の中で、個人戸籍に変えたところで何の問題もないのだから、夫婦別姓での戸籍システムを作るぐらいなんてことないし、将来を考えれば、今のうちに個人戸籍にした方がよいのではないか。

