京都アニメーション放火殺人事件の青葉真司死刑囚(47)について、大阪高裁は17日、昨年1月の控訴取り下げを有効と判断しました。
「正常な判断ができていなかった」として無効を訴えた弁護団の申し立てを退け、死刑の確定は覆りませんでした。
高裁は、青葉死刑囚に拘禁症状はなく、以前から「極刑以外ありえないので裁判は早く終わらせたい」と話しており、控訴取り下げの意味も理解していたと指摘。
取り下げを「後悔している」と述べたものの、それは弁護人に負担をかけることへの後悔だとしました。
引用元: https://news.yahoo.co.jp/articles/8befb60ba2de4e5d31bad08950c2fd028c447304
みんなの意見
死刑より上の刑は無い
ならば刑の執行の速さを考慮すべきだ
こんな奴が生きていて、毎日労役すら与えられず
テレビも与えられ、3食飯を食い、健康的な生活を送っている事実を、遺族だったら絶対に嫌でしかない
早く執行して、少しでも遺族の気持ちを楽にしてあげて
この前アマプラで京アニ制作の響けユーフォニアムを1期~3期まで一気に観た
制作時期から言うと、1~2期が事件前、3期が事件後
会社がひっくり返るくらいの事件があったとは思えないくらい3期も素晴らしかった
ここまで来るのに想像も出来ないような苦労があったと思うと他人事ながら感慨深いものがある
無くなったクリエーターのためにも、これからも良い作品を作ってほしい
近年、凶悪事件の増加により、従来の刑罰では抑止力が不十分と感じられる場面がある。
死刑すら軽いと感じられるケースもあり、加害者が処罰を恐れていないように見えることもある。
そこで、重犯罪者には単なる収監ではなく、過酷な労働や社会的に必要な作業に従事させ、その対価のみで衣食住を賄わせる仕組みも一案ではないか。
娯楽を排した厳しい環境の中で責任と向き合わせることで、刑罰に社会的意義と実効性を持たせる必要がある。
今回の高裁の決定は、極めて妥当なものだと感じます。弁護側は「正常な判断ができていない」と主張していますが、本人が「自分の言動を妄想扱いされるのが不満で取り下げた」と理由を述べている点は、むしろ自分の置かれた状況をはっきりと理解している証拠ではないでしょうか。36人もの尊い命が奪われた未曾有の事件において、これ以上の裁判の長期化は遺族の負担を増すだけです。このまま一審の判決が確定することを切に願います。
普通に行ってたらこの事件で被告も死んでてもおかしくはなかったほどの状態だったと思う。
しかし、この重大な事件を法廷で審議、裁くことを念頭に医師は懸命の治療を施した。
賛否両論あると思うが、彼を法廷に送り込めるまで治療に携わった医療関係者の皆さんには敬意を表します。
この死刑囚については裁判で『なぜあれほど悪魔的なタイミングでガソリン持ち込み犯行ができたのか?』という重要な疑問が解き明かされていないように思われ、従来のように上級審まで争われるうちにもう少し焦点が当てられるのかと思っていたら少し異常な展開で死刑判決が確定した。
裁判開始前はそこがあらわにされるとも思われていたのに、結局突如として犯行決行を思い立った被告が500km離れた現場に直行して一晩休み近所でガソリンを購入し、ここしかない、というタイミングで侵入して未曾有の凶行に至った。
正面入口は通常は施錠されるか、出入管理されていて外部の者のいきなり侵入、それも台車を押している不審者の入室は不可能であったはず。
被告は情報をどこから知り得たのだろうか?
常識的に見れば、身勝手な動機で30人以上を殺害した被告人に、極刑以外はあり得ない。本人もそれを自覚しているので、長く裁判をするのは時間の無駄だと思って控訴を取り下げたのだろう。その気持ちは理解できる。問題は、その被告人の意思を無視して、控訴取り下げ無効を主張する弁護士のありようである。おそらく、彼らは死刑制度自体の意義を問う裁判をやりたいのだろう。しかし、彼らの主義主張を披歴する場を与えるために、被告人の意思を無視し、なおかつ司法制度の負担を増大させるというのは、少々傲慢に過ぎるように見える。死刑制度を廃止したいのであれば、国会で死刑制度を廃止するよう働きかけるなりやることはある。少なくとも、この裁判を利用することではない。
こういうのを見ると、被告人を利用して弁護士が自分の主義や思想をアピールしてるだけだろって思ってしまう。
特に上級審になればなるほど、思想家みたいな弁護士が出てくるような印象。
依頼者の為に明らかな黒を白って主張したり、罪を償う前から更生の機会を理由に減刑を求めたり、いつからか弁護士ってのは公正な職業ではないと思うようになった。
これは法務大臣の執行がいつになるのかまた注視されそうです。
冤罪の可能性がないのであれば、速やかに刑を執行するべきなのに、なぜずっと生かしておくのか?
先日も87歳だったかな?死刑囚が獄中で亡くなったとのこと。
何十年も無駄な飯を食わせる意味が分からない。
30名以上の犠牲者を出し、かつ現行犯に近い状況で逮捕され、被告が放火殺人を犯した事実はあるのに、これ以上何を審議しているのかが分からない。
どんな事実が出ても30名以上の命が一人の人間で奪われた事実は覆らないし、動機とかを解明しても、犯罪抑止になった試しがない。
むしろ疑いない被疑者での犯罪なら、裁判の迅速化と刑の執行スピードを早めたほうがよっぽど抑止力になる。
死刑の執行を早くすべき。判決が確定し6か月以内になぜ、執行しないのか。犯人であることは確定しているのだからなんの問題もないはず。日本の司法は機能しているのでしょうか?放火殺人の罪は江戸時代でも重かったはず。焼け死んだたくさんの人達、苦しかったと思います。死刑制度がある以上、粛々と執行すべきだと思います。再審制度の見直しと合わせて死刑執行についても粛々と執行できるように議論してください。
裁判を通じてこの被告も相当の苦しみを味わっているのだろう。しかしそれは何の落ち度もない大勢の被害者、遺族の苦痛とは比べようもないもの。もっとたっぷり苦しみ反省し取り返しのつかないことをした罰を受けてほしい。事件の時こいつが死ななくて良かった。大やけどから助けた医療従事者には感謝する。
あれだけ死傷者が出たんだから当然でしょう。でも土壇場命惜しいのかな。でも突然ガソリン撒かれて何もわからず焼け死んだ被害者はもっと生きたかったに違いない。明治以降からの犯罪史(個人の侵した犯罪)においてもは最多。確定後はすみやかに刑執行すべきです。執行されても遺族の悲しみは無くならないが、区切りはつくかもしれないです。日本は確定から執行まで余りにも時間が掛かる。疑いようもない犯人なのだから速やかに。
亡くられた被害者のご冥福をお祈りすると共に、ご遺族の心の平安が1日も早く訪れますように。
死刑が確定した犯罪なら、刑の執行は早くしたほうがいいと感じます。冤罪の可能性があれば別ですが、今回の犯罪は冤罪の可能性がありません。あとは、犯罪に対する責任能力が問われてる感じですが、それも責任能力もあって死刑囚の刑の執行を望んでる感じがします。
被害にあった家族も刑の執行を望んでる方もいるでしょうし、死刑囚の刑の執行まで精神的に不安定な感じにもなりかねませんので刑の執行を速やかにしてほしいです。
あと、他の死刑囚も同様に感じますので、刑の執行を速やかにして欲しいです。
この者が死刑にならなければ一体誰が死刑に処されるのでしょうか。
自ら控訴を取り下げたのは一定の評価をしてもいいと思いますが、それだけでこの者が犯した罪が幾分でも軽くなることは一切ありません。
次の焦点はこの者の死刑執行がいつになるか、と言うことでしょうか。
本件に限らず、順番待ちの死刑囚が多数残っているので経費削減のためにも速やかに刑を執行していくべきであると考えます。
死刑はやむを得ないと思います。他の事件との比較から考えても。
控訴の取下げについては、裁判所の判断を尊重したい気持ちです。
弁護士の立場からすれば、ちょっとでも裁判を長引かせたいのかもしれませんが。
しかし、裁判を受けさせるために火傷の手術をした医者は凄いと思います。世界仰天ニュースで詳しくやっていましたが。
病院にいて人の優しさに触れたという青葉被告人の言葉を考えると、事件の前に何とかならなかったものかと深く考えさせられますね。
日本は減刑しすぎや罰が軽いと感じることが多くこの死刑も死刑でも足りないと思いましたね。
適用されないとか減刑前提見越して死刑以上の刑や合計割引きではなくちゃんと個別加算するし重なるとむしろ凶悪さで刑期が増えるとかで獄門一等減じて死刑や懲役一万年から事情を考慮して千年減じます位極端なほうが適正な感じが出るかもとすら思います。
死刑執行は半年以内です
死刑が確定し執行されないまま病死で亡くなるケースを多く耳にしました
なぜ半年以内に執行しないのか‥
国民が一生懸命働き納めた血税でこの死刑囚や刑務所の多くの受刑者は生きながらえている
被害者や家族の思いは色々あると思いますが
私は法で決められているならば執行すべきと強く思います
大火傷で瀕死の彼を担当医は、長い手術の末に何とか命を守った。担当医もかなり複雑な心境だったとありました。ソレは厳正な裁判を受けていく中で、自分が犯した罪についてしっかり受け止め、身勝手な考えを改め被害者とその遺族に謝罪し裁きを受けてもらいたいといった感じの想いだったと記憶しています。さてその願いは彼に伝わっているのか?叶ったのか?意味を理解しているのか?今の所まだソレは叶っていない様に見えます。執行までまだ少し猶予はあります。ソレまでの間、彼は何を考えるのか?助けてもらった命と理不尽に奪った多数の命、それらに対する想いと罪の重さについて今一度改めて考えてもらいたい。
こういう極めて悪質な犯罪の被告人本人に裁判で訊いてもらいたいのは当該犯罪を自分自身がどの程度の刑罰に相当すると思っているかだ。
自分の犯罪の重さを如何に軽く思っているかが見えるかもしれません。
認識の差が大きければ納得感が薄いので、高裁・最高裁に繋がっていく可能性が高くなると思う。
だから、地裁で被告人が納得するまでの判決にすべきと考える。
冤罪の場合だけは徹底的に抵抗すべきであると考える。
死刑に関しては残酷だという意見もあるが個人的には現時点での死刑に関してはかなり残酷だと思う。
死を持って償う刑罰なのに、長期間執行をせずに改心させてから執行するのはあまりにも残虐で無慈悲だ。
死刑は改心を目的とせず刑罰によって償うという意味合いもあると思うので改心を待たずに早期に執行をすべきだと思う。
そもそも、弁護依頼人被告が控訴取り下げてるのに代理人である弁護士が控訴するのはおかしい。弁護人の域を超えている。
死刑以外考えられない。規定が6ヶ月以内でとあるが、6ヶ月に拘らずに早期に執行すべきと思う。
被害者とご遺族の無念を考えると、いつまでも執行を延び延びにするのはいつまでも区切りがつかず、苦痛を与えるものだと私は思う。
今回の判断は、本人の意思をどこまで尊重するかという司法の原則が問われた事案だと思います。
高裁は、青葉死刑囚が控訴取り下げの意味を理解し、一貫して「裁判を終わらせたい」と述べていた点を重視し、正常な判断能力があったと認定しました。
一方で弁護団は、拘禁や重傷による精神状態の影響を指摘し、より慎重な判断を求めていました。
死刑という取り返しのつかない結論だからこそ、この点は重要な論点だったと思います。
結果として死刑は確定しましたが、「本人の意思」と「精神状態」をどう評価するかという問題は、今後の司法においても大きなテーマとして残り続けると感じます。
36人の罪なき命がある日奪われた。障害の残っている負傷者も多数。判決確定と共に同時執行しても良いくらいの大罪。遺族の気分が晴れることはないが。のうのうと刑務所で介護され、3食昼寝付きでまた何十年生かすのか。法務大臣の手腕に期待する。
こういう裁判の場合、早期に刑の確定や執行を望むの発言は理解できる。
ただし、事件の真相の解明には、出来るだけ本人に語ってもらう必要があるだろう。
有罪や刑罰が変わらない大きな事件だけに、より慎重に進め聞き逃しなどがないようにする必要があるだろう。
たとえ死刑が確定しても執行されるのは十数年後の話。日本は年間に片手で数える程度しか執行しないうえに執行自体しない年もざらです。
下手すれば70代で死刑判決受けても執行に何年もかかり、刑務所の中で老衰して亡くなることだって珍しくないのでしょう。
死刑というハードルをもっと下げて、執行数も上げることが犯罪抑制にも繋がると思う。
今回のような重大事件では、感情だけでなく法律に基づいた判断が求められる…
大阪高裁が控訴取り下げの意味を理解していたと認定した以上、その法的効果を認めた今回の判断は妥当だと感じます。
被害者や遺族のことを思うと胸が痛みますが、裁判として一定の区切りがついたことは大きいですね。
法的根拠はないけど、死刑の場合、被害者側の代理人が執行の時期を決められる制度は無理だろうか?放棄もできるようにすれば、圧も回避できる。そうすれば、被害者の無念を少しは晴らすこともできると思う。この世なら一刻も早く消えて欲しいと思う人はすぐ執行することも可能。いつ執行になるか何年も味わって(反省して)からも可能になります。受刑者が本当に反省しているなら執行せずもあり得る。
この事件については、司法がこれまで十分に手順を踏んできており、死刑という結論が動く状況にはないと感じます。
本人は死刑を受け入れる意向を固めており、弁護活動を続ける弁護団に対して「申し訳ない」と口にするほど、延命を望んでいない状況のようです。弁護側の理念もあるのでしょうが、これほど注目度の高い事件で手続きが長引くことには、どこか弁護団の主張や存在感を示すために利用されているような、強い違和感を拭えません。
多くの尊い命が奪われた事件であり、本人すら執行を拒んでいないのであれば、これ以上引き延ばすべきではないのではないでしょうか。ご遺族の心休まらない時間を考えれば、司法には毅然とした対応をお願いしたいです。事件の重さと向き合い、速やかに正義が果たされることを願います。
この件で亡くなった人が36人、その他にも重軽症者33人その中には酷い傷跡が残ったり後遺症をおったりメンタルに問題を抱えたりしている人もいるだろう。更には経済的な損失を被った人も仕事を失った人や京アニにあった貴重な作品なども失われて本当に酷い事件です。被害者遺族などもあわせたら被害者は軽く300人は越えそう。こんな事件を起こした犯人を税金で養ってあげる必要なんてないので早く刑を執行していただきたいものだ。
被告は、死刑求刑の刑事裁判の公判判決を受けるために、火傷で絶命寸前の命を、普通なら受けられない高度な治療と莫大な医療費で救われたのですね。教育大池田小事件で死刑判決を受けた死刑囚は早く執行してくれと希望し逝きましたが、このような加害行為が明らかな、被害者が多い重大事件の刑事裁判で、被告人弁護をする弁護士さんはどのような心境なのでしょうね。
日本では、死刑確定後であっても再審請求が行われている間は死刑を執行しないという運用が慣例として存在する。再審請求には回数制限がないため、請求を繰り返すことで審理が長期化し、その間は執行が見送られる状態が続く。実際、死刑確定から執行までの平均は約7〜9年とされ、なかには40年以上執行されていない例もある。再審請求を続ければ事実上執行を先送りできる構造があるにもかかわらず、制度は大きく見直されていないままであり、この状況には強い違和感を覚える。
弁護側が特別抗告を行えば、また一定期間判決の確定が伸びてしまうことになり、その間青葉死刑囚の命脈は保たれる。その結果、仮に抗告が棄却され死刑が完全に確定したとしても、その先にはさらに「執行」という高い壁が存在する。それまでの間、苦しみ続ける被害者遺族の感情を弁護側は理解しているのか。よく「犯行の動機や詳細についてはまだ裁判で解明されていない疑問が残っている」などという主張を目にするが、いくら詳細な内容が明らかになっても失われた命は二度と戻ってこない。自分の勝手な思い込みで多数の人の命を奪っておきながら、自らは生き残った(そのために膨大な税金が投入された)被告をこれ以上生かせておく必要があるのだろうか。
裁判では、事件当時、彼が心神喪失状態にあったかどうかが争点だったと思うが、恐らく、事件後、精神科の治療を受けているであろうにも関わらず、「自分の作品をパクられた」という妄想からは抜け出せていない様子だった。
でも結局、自分の主張は全く認められないまま死刑判決。恐らく、不自由な身体で妄想に取り憑かれて生き続けるのも辛くなったのではないだろうか。
この人が本当に自分の罪を悔いているならご遺族も少しは救われるかもしれないけど、自分の苦しみから解放される為に死にたいのだとしたら、被害者は全く浮かばれないと思う。
被告が控訴を取り下げた事で
当時の被告の心身状態の是非を巡って
死刑判決の確定が伸びに伸びた判例が過去にあったと聞く。
もし今回もそれと同じ様なケースになれば
青葉にとって裁判への出廷の負担が減るだけでなく
執行までの時間も稼げる。
弁護士から入れ知恵で青葉はそれを狙った可能性もある。
裁判所には死刑が確定している事件では無駄な時間稼ぎが通用しない事を示してくれるのを期待したい。
今でも後遺症に苦しむ被害者の方がいると思うと胸が苦しくなる。
極刑以外あり得ない、この犯人が火傷で死なずに裁かれたことはよかったと思う。と同時に、日本はなかなか死刑執行されない国でもあるから
ただ拘置所で看病されながら弱って死ぬだけなのかもと思う。
ガソリンを撒いて火をつければどういうことになるのか分かっててやったんだろうか。
まさかここまで大変なことになるとまで理解してなかったのだろうか。
どちらにせよやったことは取り消せないのでしっかり罪を償うべき。
この犯人が死んだところで何も戻ってはこないけど。
こういう無益な裁判を減らすためにも刑法39条は速やかに廃止しましょう。
責任能力があるとかないとかは被害者になんの関係もない。
被害にあった事実だけが全てで、そこに加害者の精神状態や心身の状態は無関係です。
刑法39条があるために多くの被害者が理不尽に苦しみ、苦渋を舐めさせられている。
法の元の平等があるならば、精神がとか心身がとかは一切関係なく平等に裁く。
それが平等というものです。
平等に扱わないのであれば全ての面で制限や制約がなければならない。
自由を憲法は保障しているが、それは法令遵守をしている者が法令の範囲内で自由というだけ。
違法行為をしたなら自由に制限がかかって当たり前であり、それを不服と言うなら法の元の平等が不平等であると不服を申し立てろよ。
都合の良い部分だけは甘受して都合が悪い部分は差別だ不平等だと騒ぐなよ。
心身が精神が、そんなの知るか。
公平に平等に刑罰を与えろよ。
首だけ残して、生かせる技術ができたときに、そんな刑罰ができる国はあるかもね。そんな刑にするか、従来の死刑にするかについては、遺族が決める。そんな恐ろしい事を考えてしまうほどの罪です。
反省と言うのは高度な能力なんです。能力と言う以上、ない人もいます。最低限、社会に出ない方がいいと思います。
死刑の存続については、現状では、まだそれを支持する人が多いのは理解できます。
殺害した人数も空前絶後だし、動機も下らない思い込みで酌量の余地無し。弁護側は何とか死刑を回避したいようだが、今さら何しても無駄である。死刑が確定した今、いつ執行されても不思議では無い。執行の日を楽しみに待つが良い。
本人が取り下げたのなら、弁護士は要らんことするなと思う。それは弁護士が実績をあげたい自分へのエゴだと思う。
そして、確定したなら直ぐに執行すべき。
毎日3食栄養バランスの良い物を食べ、独居房で個室として安全に過ごす。その費用を確定死刑囚と全く関わりのない国民の税金で養うのは納得出来ない。国民の中には一生懸命頑張っているのに、満足に3食食べられず、栄養バランスの取れない食事を食べてる人が子供から年寄りまで大勢いると言う現状をもっと国は真剣に向き合うべき。
速やかな刑の執行を阻む「有識者や理想主義者」は
「自らの家族や親族が被害者になっていない」から
そんな悠長な事が出来るんだろうね
こうゆう内容こそ首相は国会で「国民投票の実施」を議員と話し合い
実施可能になれば
国民に信を問えば良いのでは?と思う
そうすれば今よりは速やかな刑の執行を行う事も可能になるのでは?
被害者と同じ恐怖を体験し続ける刑罰が有ればいいのに。
有害な煙で息が苦しくて、熱くて、眼も開けれない。触る物が熱をもちいつ崩れるかわからない建物の中で恐怖でいっぱい。。。火傷を負ったら、その後の人生も変わってしまう。放火犯なんか絶対許してはいけない。
有能なアニメクリエイターを無慈悲にも大量虐殺した罪は果てしなく重い。極刑が確定したならば即日にでも執行すべきではないか。相次いで確定死刑囚が拘置中に亡くなっている。二度とそのような失態のないように判決が確定してから執行までの日にちを定め必ずその期間内に執行させるべき。せめてもの遺族の慰めとすべく強く要望する。
端くれの端くれでも物書きというものは自分の会心の出来の作品というものに対しては異常なほどのプライドを持つ。それが他人に認められなかった時は自分の存在が何の意味もないものであると感じたりもする。
ここまでは分かるし自棄になるのもわかる。
しかしそこでなんとかその感情に折り合いをつけて他人に迷惑をかけずに生きていかなければならない。放火などもってのほか。何の罪もなく亡くなった被害者に比べれば理不尽さは比べるべくもない。被告の犯した罪は命をもって償っても足りないものである。
この事件って被告は妄想がひどく心神耗弱の様な感じがします。ですがこれだけの死傷者が出ています。これで罪を軽くしたり無罪にしたりしたら大変な事ですよね?事件によって亡くなられた被害者遺族、大やけどを負った被害者は心神耗弱などで罪が無くなってもしまったら到底納得できる事ではありません。本当に酷い、悲しい事件です。もし、窓がふさがってなかったら、もしもう一つ階段があったら等を考えると被害者もこんなに多い人数ではなかったかもしれません。
結果が同じとしても京アニスタジオの非常口施錠問題とか建築と管理上の過失は考慮するのが正義だったと思う。面倒なことは全て加害者に負わせるのは誤りだし、教訓が活かされない。京アニからは加害者のコンテスト応募は無かったの当初公表も後から書式不備で失格にしていたと変更もあった。事件の規模に驚き雑な審理だったとも思う。さて一審だけで処刑を確定してしまうのは裁判員制度には悪影響に思う。一般判断が最終責任を負うのは過大すぎる。
死刑制度の議論は置いといて、精神状態がどうあれ、あれだけの罪なき人を身勝手な理由で殺した事実には何の疑いもなく、しっかりと裁きを受ける立場にあるだろう。弁護士は弁護士としての仕事をしているだけなので心の中では無理ゲと思っているかもしれないし、依頼人の為に本気で無罪を取りに行っているのか分からないが、弁護士も検察も裁判官もただの仕事なので粛々と仕事をすすめる中でどんな判決が出たとしても被害者遺族が納得して満足する事など有りえない。加害者犯人が罪を認める心が有るなら事件を自ら受け止めて心から反省し、その言葉をこの世の中に残し、僅かでも被害者遺族の心の負担軽減に務めてもらえたらと思います。
起こした事件の大きさを考えると死刑は免れないと思うけれど、過去の生い立ちの取り上げ方や扱いが、安倍総理を殺害した山上被告の取り上げ方に比べると不公平だという気がしている。幼少期~思春期での、自分ではどうにもならない環境としては、青葉死刑囚のほうがよほど過酷だったと思える。
身内を殺害された方や身内と事件を起こした当事者以外の人間が裁判に意味を持たせるとするなら、犯人を避難・評価をするより、こういう不幸な人間が出ないような社会にすることに思いを致すべきだと思う。
この場合
冤罪の可能性も無く、犯人は本人、完全に疑いも無く、被告に間違い無いのなら
今更極刑が覆ることは無い
また、判断として裁判での時間も無駄、早期執行を求めているのでしょう
このような凶悪な犯罪は二度と起こらないように願いたいと思います
多くの亡くなられた方々のご冥福ををお祈り致します
もうわけ無いが、極刑持っても罪は永久に償われない。
精神鑑定とかもはやどうでも良いと思う。
罪を死ぬまで?
死んでも償い続けるか?
そこが重要だと思う。
仮に精神鑑定で無罪となったら、被害者やその関係者の精神が益々壊れていき元には戻らなくなる。
そこまでの事を真剣に司法の方は考えて欲しい

