小学生あるあるが犯罪に!?驚きの図鑑が話題!

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子供が日常でやりがちな行動が、実は犯罪にあたる可能性があることを解説した児童書『それ犯罪かもしれない図鑑』が人気を集めています。上履き隠しや公園の石持ち帰り、図書館の本の返し忘れなどが、横領罪や潜伏の罪、決闘罪などに該当する可能性を、現役弁護士監修のもと、小学生にも分かりやすく解説。読書量が増加する小学生に、新学期に親子で学びながら楽しめる一冊として注目されています。

引用元: https://news.yahoo.co.jp/articles/fa0ed899b2a587e8c89d795ca9888c470c7125e0

みんなの意見

001 名前:NoName
昔はおおらかな時代だったのかもしれませんが、それでも近所の頑固なおじいさんが注意したり、周りの大人が社会でやっていくためのマナーやエチケットを教えてくれて育ってきたような気がします。
今じゃ無関心もあるけれど、声をかけるだけで不審者として通報されるまでになったので隔世の感があります。なのでこういう取り組みも必要なことなのでしょうね。
002 名前:NoName
法律や金融など社会にとって基盤になることがこれまであまり教育現場で扱われてきませんでした。自然科学と違って社会科学特に実用的功利的な事柄を子供に教えるのは教師にとって難しい作業です。ある意味人間臭い分野なので多くの大人にとっても理解し応用することが難しいのです。しかし、だからこそ幼少時から段階的にきちんと教育を受けることが大切で、社会の構造を理解し、人間同士の利害関係や心理的な葛藤などに直面した時に冷静な省察を経て判断し、行動できるようになり、社会を構成する一員としてより良い社会の形成に貢献できる人に育っていくと思います。つまり、個人の幸福や利益を追求することは当然の権利として積極的な行使に努めつつ、公益的、利他的な視点を常に忘れないことができるようになります。そのために、まずは教師の研修が不可欠ですが。
003 名前:NoName
子どもは狭い社会で生きているので、周りがそれを良しとする文化であれば個人の善悪判断以前に簡単に罪を犯してしまう可能性がある
いじめや器物損壊などはたいした理由もなく「みんなやってる」から発生することも多い
そのときに法律という明確なものを知っておくのは確かな抑止になる
文科省のページに「いじめ」に適応される可能性のある法律をまとめた項があるが、そういうものは学校で教えてもいいと思う
004 名前:NoName
「法律を通じて子どもに善悪を教えることは重要だが、モラルや思いやりを育む教育が先行すべき」という意見に反対します。確かにモラルは大切ですが、モラルや思いやりを育む教育までこの図鑑に頼るのはよくないからです。
図鑑は法律の「あるある」を楽しく知るツールとして優秀ですが、思いやりは本や知識ではなく、家族・友人との日常の関わりや実際の体験から自然に育まれるものです。法律知識を先に身につけることで子どもは自ら善悪を判断できるようになり、規範意識も高まります。モラル教育を「先行」と位置づける必要はなく、図鑑の役割を過小評価すべきではありません。
005 名前:NoName
ここに挙げられている事の多くは、昔なら子どもの「いたずら」の範疇だったと思う。
勿論、しっかり問えば、被害者が出れば『犯罪』となるのだが。

昔と違って今は「度を越した」事態が度々見受けられ、それが「度が超えている」と肌感覚で分からない子どもが増えている様だ。
肌感覚…曖昧だが、多分、自分が「いたずら」の被害者になった事や「いたずら」で済む解決を体験した事がなく、加減が分からないのでは?と思う。
「加減が分からない」は、少し年長になってからイキっての殴り合いの喧嘩でも起こり、重大な事故に繋がる。
これも、兄弟喧嘩などの殴り合い未経験での、加減の分からなさかも。

全て「加減を知れる様にやってみる」訳にいかない今の世の中。
更に、家庭でも学ぶ・教える・躾ける事も難しい状況にある様だから、結局、この記事にある様な形で、いきなり「犯罪行為」として学ぶしか無いんだろうな。

006 名前:NoName
法律は何の理由もなく決められた訳では無いとあるがそれには少し疑問がある。現行の法律はかなり古いものが多いがそれらすべてが現代に再定義されたものではない。常識が覆るようなことは歴史的にも頻繁に起きてきたわけなので常に最新なのにアップデートされていなければ疑わしいと思ったほうがよいだろう。理由に検証技術だって常に進化し続けている。学問の世界でも度々過去の定説を上書きしてきたのだから法律でもそれが行われるべきである。
007 名前:NoName
これを元にして、いじめを行っている輩を少年院送りにすればいいのではないかと改めて感じる。
一部ではその行為が含まれているが、いじめそのものにも触れられているのだろうか。複数の犯罪行為が含まれていることを考えると、そのままで済ませる様子には許されないと改めて感じる。そう考えると、警察の介入を増やしてもいいのではないか。
こうした犯罪行為を見て見ぬする教師などの大人たちには、どのような罪が問われるのだろうか。ここまで犯罪行為が野放しにされる状況は、法律で縛られている大人よりも無法地帯であると改めて思う。
008 名前:NoName
こういう本は意外と今の時代に合っていると思う。昔は周りの大人がその場で叱って教えていたことも、今はそれが難しい場面が増えたわけで。だからこそ「ダメだからダメ」ではなく、なぜいけないのかを法律という形で示せるのは大きいと思う。これ、結局子どもを怖がらせるためではなく、軽いノリで人を傷つけてはいけない線引きを学ぶ本なんだと思いますね。
009 名前:NoName
かなり昔は、子供は地域で育てる雰囲気があった。悪さをすると地域の大人たちが注意する。また、それとなく危険が無いか見守っていた。
かなり以前、銀座を歩いていて3~4歳?の子供が路上で座って泣いていた。付近に親らしき人はいない。近くに行って話を聞こうと思ったら陰から母親が出てきて注意された。あっけにとられたことを思い出した。
食堂内(座敷)で子供が走り回っていても親は注意しない。店員も注意しない。
最近、地域の通学路の見守り(交通安全週間の当番制)で立ったが、小学生に”おはよう”と言ってもほとんど無視された。以前の小学校のスローガンは”挨拶”だったが、時代は変わった。
ただ、ゴルフの打ちっ放し練習場でプロを目指している?小学生からは挨拶される。知らない子だが、環境だろうか。
010 名前:NoName
私は昔の子供の遊びが良い影響を身につけてくれたと思っています。子供同士のかくれんぼや鬼ごっこ等の遊びの中で起きたトラブルは子供達の中で解決しなければなりませんでした。もちろん審判員などいないのでその時はお互いの信頼関係やその子の正直さとかが基準になります。
 また時には理不尽な事も、後々の事を考えて受け入れられなければならない事も有りますが、それが大人になるための知恵になりました。人間関係を学び、それに依るストレスにも強く成長と思います。
011 名前:NoName
悪いことは悪いと、子供の頃に教える事は大切です。

家庭生活のなかでは遭遇しない、人の靴を隠すいじめや、交通ルールの無視、公園からの持ち帰りなど普通の生活では気付かないルール違反を、分からせるにも役立つと思います。

特に空き家への侵入などは、犯罪であるにも関わらず、SNSなどでは平気で発信する人が後を絶たないので、小学生の頃から犯罪である事を教え、他にも犯罪行為が沢山あると、躾には役立つ本だと思います。

学校教育に取り入れても、効果があるかもしれないです。

012 名前:NoName
面白い本だなと思う反面SNSなんかでもそうだけど
この手の事ってある程度浸透すると逆に「法律に触れないなら何やっても良い」って話にすり替わる事になりかねないのが怖い
だから法律を根拠に善悪を教える事は悪手だなと思う
本来法律があるからやってはいけない訳ではなく
法律があろうが無かろうがやっていけない事は存在する
まずは相手を思いやる気持ちを教えていく事が大事だと思う
013 名前:NoName
まず周りの大人がすでにグレーの状態である事を認識しましょう。
子供や孫を抱いたまま赤信号を渡る事や子供の目前で構わず道路横断したり当たり前の様に障がい者スペースに駐車したり…、
子供はよく見ています。
横着する子供は親共々横着ですし、人につっかかる子供はやはり親も文句ばかり言う親です。悪口の文言までしっかり覚えて良くも悪くもいろいろ見て学び取っています。
子供のご機嫌取りにたまにカッコつけてテーマパークに連れて行くだけでなく いつでもちゃんとした大人でいる事が大事です。子供と一緒に読む前にまず大人が自分自身と照らし合わせてみましょう。
海外の人がたくさんなだれ込んで来る現在の日本において『法律』の前にある基本的なマナーやモラルを身に付けないとこの国は『日本』ではなくなる…。
014 名前:NoName
法律に興味を持つのはとてもいい事だと思います。
自分は30歳過ぎてから宅建を取りましたが、あと10年早く取ってたら違う道歩んでたかもと思うほど影響受けました。

けど法律なんて所詮は”人や社会と関わっていく上でのルール”でしかなく、
小学生のうちはたくさんクラスメイトと関わっていく中で倫理観や感受性、共感性を磨いて「法律のベースとなる部分」を身を以て経験していくのが優先だと思います。

ただ六法全書の内容を丸暗記しただけの中身空っぽの可哀想な大人もいますのでそういう人にはならない方がいい。

015 名前:NoName
「あまりここまで注意すると子供らしさが失われてしまう」
という人もいるかもしれないけど、子供らしさにも限度があり、ある一線を越えると子供であれ周りは許したくないこと、迷惑なことになるからね
しっかり大事な境目は教える必要があると思う
最近の若い人はあまり注意されなくなったためか、大人になっても常識のない子が増えてきた気がする(しかも悪気がないからたちが悪い)
しっかり小さい頃からどこまではOKだけど、どこからはダメなのか教える必要があると思う
016 名前:NoName
ルールがあって,そのルールが人の何を守っているかを知ることが大切ですね。相手の物を盗んだら相手が使えなくて困るとか,お商売なら損をするとかね。相手がケガをするようなことはしてはいけないとかね。
こういうのを “保護法益” と呼びます。日本人はこれを軽視していますね。海外ならば相手の自由を侵したら制裁は大きいですよね。日本より厳しいです。
よい悪いだとか,きまりだから守らなければいけないと伝えたところで,身に入らないと思います。保護法益という目線で伝えることが大切です。大人に対してもです。
017 名前:NoName
「法律、犯罪」で善悪を学ばせるよりも、道徳心を学ぶことがたいじと思うがね。法法律が全て正しいわけではない、法に触れなければ何あってもいい、そんなわけないから。
公園の石や葉っぱを持ち帰ると自然公園法違反…大人の目線って怖いね。
限度はあるが、子供だから許されることがあってもいいと思う。
018 名前:NoName
読むには面白いのかも知れないけど、別な角度から見たら子供版コンプライアンス本にも感じる。
今の社会は、規律、ルール、コンプラという言葉に溢れている。
じゃあ何故そうした規則が増えるのか?

人が生きていく上で大事なのは、互いに気持ち良い関係や環境で共存する事。これが大切な事であり、田舎の信号機が一つしかない場所では、教習所の教えの様に都会に行けば、人も車も多い場所での規則を学ぶ為だけに建てられた。

どんな場所や国で生きても通用するのは、人との信頼性が有るか無いかの違いだと思う。
一概にこれは駄目な事と犯罪内容伝える前に、その場面での臨機対応も必要と感じる。
そうした、「考えて次の行動出来る人間」が育っていって欲しい。

019 名前:NoName
面白いですね。いかに世の中が法律だけで回っていないかを説明する本になってる。石を持ち帰った子どもをもし警察が捕まえるようなことがあれば、大炎上するでしょうね。
ただ、こういうのを読むと真面目な子ほど「法律を守らないといけないからやめよう」ってなるんですよね。結果、自分は法律守って持ち帰らなかった石を、誰かが気にせず持って帰るようなことが起こる。
020 名前:NoName
これは個人的には正直微妙なところです。

結果的に法令違反となる行為はやめるということにはつながるけど、重要なのはなぜ法令上でそう定められているかの理由では。そこを親なりがフォローしないと、捕まるからやってはダメと受け取られる恐れがあり、ともすればダメとはどこにも書かれていないことはしても良いという人間になりかねない。

大切なのは法令抜きにして、自他に危険が及ぶ行為や迷惑となる行為はやってはいけないという考え方のほうでは。そこには当然、行為の結果がどう波及するか想像力を養うという過程も含まれる。

その入り口としてこの本を読むことは非常に有意義だけど、同時に上記の考え方や想像力についても養っていくべきかも。

自分は中学生と小学生の娘と、学校やSNSでのトラブルについての話になったとき、そこは意識して話すようにしています。こうしたらどうなる?と子供に考えさせることも重要だと思っています。

021 名前:NoName
こういうのは面白い。法律は「理由」があって出来ており、なんでそれを「違法」にしたのかな、というのは「社会」をイメージするのに役立つ。

また世の中には妙な法律の違反があっても「違法だから」という理由で即逮捕とならない、法律は、「法律がある」ことのほかに「それを守らせる力」が無いと無意味だ、ということの学びにもなる。「◯◯罪で違法だよ!」と言われたら「じゃあ、やめさせてみろ!通報してみろよ!w」という返しも良いだろう。

あとは「でも14歳未満は刑事罰の対象外だよ」とかいってきそう。いろいろな角度から「法律とは」「ルールとは」が学べる良い機会となろう。

022 名前:NoName
「悪いことは悪い」という当たり前の躾に、法律を持ち出さないといけない現状に情けなさを感じます。

法律はあくまで社会の「最低限のルール」であって、本来の教育はその手前にある「相手への思いやり」を教えることのはず。何でも法律を物差しにすると、「法に触れなきゃ何してもいいんでしょ?」と屁理屈をこねる子がさらに増えそうです。

これは子供に限らず、今の大人社会にも言えること。ルールさえ守れば何をしてもいいという考え方ばかりが広まって、人間としてのマナーや品性が置き去りにされている気がしてなりません。

023 名前:NoName
間違ったことをしてとても怒られた経験はかなり必要なことだと思う
子供だから間違ったことはするしそれが正しいのか正しくないのかは本人には分からない
それを教えるのが周りの大人だし間違えたことをしたらしっかりと叱り教えるのも周りの大人だと思う
こうした本は今の時代だと合っているのかもしれない
しかし子供にとってはこういう本を一緒に読むよりも間違ったことをした時に本気で怒られることの方が心に残ると思うし自然と何が間違いで何が正しいのかが経験として刻まれると思う
こういう本を子供に読んて知識として知っていたとしても子供というものは必ず間違ったことをしてしまう
その時に本気で怒られないとしたら知識として知っていても心には刻まれないということになる
そして大人になった時に理屈でしか考えないような人の気持ちになって考えるということが欠けてしまうのではないか?
024 名前:NoName
昔と比較の話はいけないと思うが、私が子どもだった半世紀ぐらい前は学校の先生は超怖くて、理不尽なところもあったが善悪はっきりさせて悪い事すると体罰もあった。おやじも悪いとすぐゲンコツやパンチ、ビンタだった。近所の人も距離感近くてすぐに情報共有されるし間違っているとあれこれ注意された。そして知らん間にいろいろルールや決まりを覚えたような気がします。
025 名前:NoName
「子どもがやったことだから」で許されることと許されないことがあると思う。
前者については大人になってから「あれってダメだったのか」と気づく時が来るから、それまで待ってあげてほしいな。
なんか、なんでもホワイトの世界にしようとしているけど、グレーの部分も残さないと息が詰まるよ。
不登校が増えてるのって、そこに起因していると思うよ。
026 名前:NoName
これは面白い。

真面目に言えば14歳未満は刑事未成年であり、罪に問うことができない。
だから少年法は「触法少年(刑罰法令に触れる行為をした少年)」といったまどろっこしい言い方をする。
罪を犯す能力(責任能力)がないから、このような表現をするわけだ。

弁護士監修だから、そんなことは百も承知で、「いつもやっていることは、こんな罪になるかもよ」と教えているわけだ。

これはとても重要な教育に見える。
ちょっと普段と違った行動をする際に「これってやっていいことなのかな?」と自問する習慣に結びつく可能性があるからだ。

027 名前:NoName
自転車運転のルールと言い、この本といい、がんじがらめの世の中がいいのでしょうか?
ルールだから、罪になるから守るのではなく、それぞれの状況で相手を思いやったり、自分の過ちで人を悲しませてしまった事の経験の方が人として豊かになると思う。
また、日本国憲法は日本人だけではなく、日本人の大地を踏んでいる外国人か守らなければならないと思える様な世の中にしなければならない。
外国のマネではなく、日本人として大切にしてきた事は、これからもずっと大切にしていきたい。
028 名前:NoName
どうしてこういったことがいけないのか、なぜこういった法律があるのか、考えたりすることは、とても大事だと思う。ただ、昨今のいい大人たちがネットやSNSなどで悪口や誹謗中傷とやらで相手の心を傷つけたり、交通関係では鉄道やバス利用で痴漢行為やカスハラなどやら、道路においては車のあおり運転や自転車の危険運転(最近ではそのせいで自転車にも道路交通法の罰則が)などなどがあるじゃないか。
029 名前:NoName
書店で見たことがある。小学生をもつ親として複雑な気持ちになった。子どもは本来、教えられなくても悪いことは知っているものだ。危険なことは教えなければならないが、嘘や盗みはいけないとか、弱いものいじめは卑劣な行為だとか、教えなくてもわかっている。自分がしたそれらの行為を隠すのが何よりの証拠だ。そしてその善悪の認識は、ごく幼い頃からみてきた親の言動から学ぶ。よく、他人の迷惑になるようなことはしてはいけないと教えている親を目にするが、その言葉は必要ではあっても十分な言葉ではない。子どもの判断は未熟だから、迷惑をかけなければやってもいいと受け止めてしまう。そして迷惑の基準を自分の都合のいいように運用する。子どもには、たとえ自分の言動が他人に知られるなくても、その言動は自分の心に恥じないか、という投げかけが大切だと思う。子どもは考え、恥をしり、法律を知らなくても自然と善悪の判断ができるようになる。
030 名前:NoName
たまにこの手のことを自分がガキだった昭和の頃に当てはめて考える時があるのだが、そのたびにアレって今じゃ犯罪として成立するよなと思わされるのが常だった。同時に今の学校ではどうしているのかということも気になっていた。多分、昭和と比べたらだいぶ仕切りができているのだろうが、どこか子供のやることだからと野放しにしている部分もあるのではないか?子供が日常でこれはリーガル or イリーガルを自分の頭で考えるための材料を提供するのはとても有益と思う。早く学校教育に取り入れるべきかと。
031 名前:NoName
少年法は廃止なり、厳しくしていいと思う。
普通に理解してる中で犯罪をする子が多く、なんなら少年法で守られると言ってしまう子もいる始末。

しっかり烙印がつくように、それがどういうことかしっかり教えなくてはならない。
窃盗だが、「たかが万引き」と思われる節も強い。
必ず大人になっても、学校にいてもそれが影響でるシステムにすべき。

032 名前:NoName
前に子どもに座ろうとしたらイスを突然ひかれてケガをして、重度の障害を持つようになってしまった人がいる話をしたことがあります。
すでにクラスでフザケてやる子がいたようで、やらないように注意すると言っていました。
大事になるイメージがまだまだ湧かない年頃なので、コミュニケーションが大切ですね。
033 名前:NoName
とても良い取り組みだと思います(行政がやるべき事のような気もしますが)
続巻として続いていければ良いと思います

また、その過程で有名無実化していたり時代にそぐわなくなっていたりする法律も炙り出されれば面白いですね

034 名前:NoName
刑法と私法、親告罪と非親告罪、違法行為と不法行為などの違いをしっかり説明してあげてほしいですね。大人でもここを理解できておらず、著作者でも権利者でもないのに著作権侵害だ!とか、不法侵入だ!とか言う人が多いです。むしろそっちで不法行為が成立しそうですが…。
私法分野では、まずは当事者同士の話し合いが大事だと言うことも大切ですよね。すぐ法律とか権利とか言い出すのではなく、まずは話し合う、それでダメなら法律です。公序良俗、信義則ですよね。そのへんがキモです。
035 名前:NoName
これはいい取り組みだと思います
悪いことすると相手がどう感じるかどのようなどんな被害を受けるかを考えるようなモラルや思いやりの教育ももちろん大事ですが、
悪事をはたらくことで自分がどのような制裁を受けることになるかをたとえ小学生でもしっかり認識しておく必要があると思います。
036 名前:NoName
犯罪の種類を知るにはとても良い機会だと思います。
本当に読まなくてはいけないのは、子供のお手本になる大人や親なのかもしれないですけどね。大人は子供に注意できるけどその逆はなかなかできない。
青信号点滅で立ち止まる大人って本当に少ないと思うし、大人の自転車や電動スクーターの交通ルール無視の方が悪質に見えます。それを見て子供も真似をする。子供を責められないです。
037 名前:NoName
ルールやマナー、モラル、ハラスメント、コンプライアンスなどから外れたとみられる物事や人に対する評価に手厳しい時代でしょうから、子供も例外ではない、と言われても仕方ないでしょう。

「まだ子供だから」「子供のやったことだから」はもはや通用せず、子持ち様、おひとり様、と同じように子供様、などと皮肉をこめて揶揄されるようにもなってしまうかもしれない。

時に痛い思いしながらも、子供に経験させ学ばせながら成長を待つのではなく、子供の世界を大人が先回りして管理していたいなら、こういう本は売れるに違いない。

038 名前:NoName
確かになんでも、あるあるで済まされない事もあります。最近では聞かなくなりましたが、私たち昭和の世代といえば何でもあり!…お父さんが使っているタバコのライターを持ち空き地で火遊び…古い倉庫に燃え移り消防車が出動する事態になった子もいました。またはゴムのテンションで小石やビー玉を飛ばすパチンコって玩具が普通に駄菓子屋に売っていてそれを使い酒屋さんの倉庫の空き瓶を破壊…後に大問題となり、学校の朝礼で注意喚起。のちにこれらのイタズラをした子、または、親御さんがどんな処分をされたかはわかりませんが、何でも許されるわけはないです
039 名前:NoName
いじめや万引きと言った軽い気持ちで行なっている犯罪行為の意識を変える為には必要だと思う。
その一方で法律の成り立ちを理解してその法律が社会の役に立たないどころか邪魔をしているなら疑問を持ち変えていく意識を持たなければならない。

ここ数年で訳のわからない法律が増えたから尚更だです。

立法府である国会に議員を選出しているのは私達主権者たる国民ですから基本的には法律は私達国民が決める事です。

040 名前:NoName
いいと思わない。
法律やルールは最後の手段や最低限のハードルであって、そこまで行く前に柔軟な余白があるはず。
その余白による吸収力がより良い結果を生んだり、学びや忍耐力や寛容性を生んでギスギスしないようになっている。それをルールや法律だから!で一律に禁止したり納得させようとするのは愚かに感じる。
もちろん、そのような余白があることによって理不尽な目に遭ったり割りを食う人もいるだろうが、人生ってそんなもんだよ、早く慣れたほがいい。
041 名前:NoName
こどもの世界からすれば法律より先に身近なのはまず校則ですね。校則で縛りつけるのも良くないですが低学年なら学校教育の一環でしょうし、保育園や幼稚園でもそれなりのマナー教育は行っていると思いますが。
補完的役割として対象者の心に響いたんでしょうね。
042 名前:NoName
ルール、つまり法律という暴力装置を伴う威嚇で罰するのは本来は最終手段であり、小さな子どもにはモラルで抑止する教育を優先すべきと思います。人から物を借りたままにしてはいけない、それはやられた相手が嫌な思いをするからです。この段階で思いやりを育まず「ルールだからダメ」と教えることには大いに疑問が浮かびます。

法という暴力による威嚇が及ばなくなった瞬間にトランプのような、あらゆる暴虐の限りを尽くす現代社会のモンスターが誕生する現実を我々は今まさに目撃しています。トランプのような人間にならない子どもたちを育てなければいけない。

043 名前:NoName
子供に対してはそのような教え方ではなく、相手の気持ちになって考えようとか、相手が嫌がることはやめようと言った 教え方をすべき。
そうしないと、法律に反してなければ他人に迷惑をかけても全く構わないと考えるような大人がますます増えてしまう。
 すでに、そのような自己中心的で周りが見えない大人が増殖していて、今まさに社会問題になっていることを忘れてはいけない。
044 名前:NoName
警察に捕まる、捕まらないの視点で子供を躾ける事は間違いだと思います。人の家に勝手に入ってはいけない、自分の物じゃない物は無断で持ち帰ってはいけない、人の物を隠したりしてはいけないって子どもに言えないんだろうか?どれもやってはいけない事なので強く言ってもいいと思いますが。
045 名前:NoName
実際にそれで取り締まられることはなく、なんなら大人が法律違反を堂々だったり無意識にやってる。
大事なのはこれって違法行為かな?を転じて誰かの迷惑にならないかな?という気配りと思いますね。
萎縮ではなく優しさに繋がることを願ってます。
046 名前:NoName
もちろん正しいと思う。ただ子供に「法律違反だからダメ」という教育は少し違う気もします。通せんぼしたらなぜダメなの?に対して、「追随等の罪」になるからだめだよ、ではなくて、相手に嫌な思いをさせてはいけないよ、を教えるのが先じゃないかなと思う。もちろん法律のことを教えることも大事だと思いますよ。
047 名前:NoName
これ、天と地が逆じゃないかな。
とある行為がいけないかどうかは、法に定められているからいけないのではなくて、いけないから法に定めているだけの事です。

なので、本質的にどうしてその行為がいけないかをわかる必要がある学習期に、法令違反だからいけないんだ、と刷り込んでしまうリスクがある気がするんだけどどうなんでしょ。

本を読んでないのでわかりませんが、記事に載ってる本の一部を見る限り、短略的に「けっとう罪」とか書いていて、あまり好ましくないなとは思いました。

048 名前:NoName
読むと、大人でも参考になる。
同時に、何を法律で取り締まり、何は倫理観や道徳観に任せるべきか。まで、発展させて教えて頂きたい。

法律で日常の秩序を保つ事も大切ですが、自由民主主義国家においては、思想信条の自由に踏み込むべきではない。とか、特定の人が、被害は無い、権利侵害も無いが不快に思う事を公権力で強制的に取り締まるべきなのかなど

憲法を踏まえて、中学生レベル向けの図鑑も期待しています。そして、法律は、間接的ではあるが、どこかの偉い人が決めているのでは無く、自分たちで決めて、自分たちの社会で運用し、自分たちを縛るものだと、理解してもらう事が大切だと思います。

049 名前:NoName
前向きに捉えられている方が多いようですが、私は違和感があります。
法律はあくまでも、社会を安全安心に運営していくための手段です。裁量によって運営されています。
それを同時に教えないと、硬直的社会になります。守るものが制約を多く受けて、法をすり抜ける者が利益を享受する歪な社会に。
守るべき所と、守らない所の運用を教えることがだいじです。
050 名前:NoName
その前に、税金関係や社会保障制度、基本西洋医療は対処療法でリスクがあるなど、生活に直結する知識こそ学校で教えるべきだと思う。+「制度は申請しないと使えない」「証明できないものは存在しない扱いになる」といった現実も含めて。世の中は、数字になっていない部分の方が大きいなど。知らないまま社会に出ると、成功しても損するし、それだけで不利になる構造になっている。困ったり被害に遭ってから知ることが多すぎるんだよね。
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